アントニオ・ピント(ロンドンマラソン3勝・PB2:06:36)のトレーニング【ポルトガル式分割インターバルメソッド】

1990年代〜2000年代初期まで長く活躍した男子マラソン元欧州記録保持者、アントニオ・ピント(ポルトガル)のトレーニングを紹介します。

Embed from Getty Images

World Athletics選手名鑑

【自己記録】
・5000m13:02.86(ポルトガル記録)※当時欧州歴代3位
・10000m27:12.47(ポルトガル記録)※当時欧州記録
・ハーフ59:43(非公認記録)※1998年リスボンハーフ
・マラソン2:06:36(ポルトガル記録)※当時欧州記録

【主な実績】
・セルビア世界選手権10000m5位(1999年)
・欧州選手権10000m金メダル(1998年)
・ロンドンマラソン3勝(1992、1997、2000年)
・ベルリンマラソン1勝(1994年)
など

ピントの経歴

ジュニア時代はサイクリストだったピントは20歳で陸上選手に本格転向し、トラックやクロスカントリーレースで経験を積んだのち、マラソン選手としてのキャリアを25歳からスタートさせました(デビュー戦となったカルピマラソンは2時間12分39秒・7位)。

その後1992年には福岡国際マラソンの遠征中に肺炎で入院し、長期休養を余儀なくされるアクシデントにも見舞われましたが、ロンドン、ベルリンとメジャーマラソンのタイトルを獲得し着実にワールドクラスのマラソン選手としての地位を築いていきます。

選手としてのピークを迎えたのは30代になってからで、1998年にはリスボンハーフで59分43秒(非公認記録)、トラックでも1500m3:39:25、5000m13:02.86、10000m27:15.76と幅広い距離で大幅自己記録を更新し、8月の欧州選手権10000mは序盤から独走して優勝。

翌年も10000mの記録をさらに約3秒更新、セビリア世界選手権ではハイレ・ゲブレセラシエポール・テルガトといったトラック界のスーパースターと真っ向から渡り合い5位入賞を果たしました。

Embed from Getty Images

さらに翌年2000年のロンドンマラソンでキャリアベストレースと言っていい内容で2:06:36の欧州新記録を樹立。中間地点からのスパートで前年優勝者のムアジーズを1分近く引き離す圧勝でした。

しかし、優勝候補筆頭と評されたシドニー五輪では、直前の故障の影響もあって11位と平凡な結果に終わってしまいます。

ピントは自国を代表としてプレッシャーのかかった主要な選手権マラソンでは目立った成績を残す事はできませんでした。

その理由として、マラソン選手としてはかなり筋肉質な体型(身長166cm・コーチによるとベスト体重は60-60.5kgで、ロンドンマラソンの前は62kg)が夏の高温レースで不利に働いた事、体重の増減が激しくマラソンで年に2度大きなピークを持っていくのが難しかった事等が挙げられます。

ピントは1年を通してのピークを春〜夏の短い期間に合わせ、主要なマラソンやトラックシーズンが終わったオフには趣味のワインを楽しみ、体質もあってか10kg体重が増加する事も普通でした。

2005年のロンドンマラソンを最後に陸上選手としてのキャリアを終了させ、趣味のワインの原料となるブドウ園の経営に専念しています。

ピントの1週間のマラソントレーニング例

曜日

午前

午後

60分間走

60分間走

400m×20-24
62-65″, rest1分)

60分間走

60分間走

90分間走(ラスト15分は
マラソンペース)

60分間走

60分間走

1500m×8
(4:08-12″, rest2分)

60分間走

60分間走

60分間走

2時間走
※最初1時間3:40/km
次の
303:15/km
ラスト303:05/km

REST
週トータル260km

(ピントの練習はスピード練習以外もペースが速く、60分間走で約18km、日曜の2時間走は最大38kmに達していた)

ピントのマラソン特有トレーニング〜ポルトガルの分割メソッド〜

ポルトガルのランナーは、目標のマラソンレースが近づいた特異的トレーニング期において、「マラソンレースペースのテンポ走(持続走)」をほとんど行わず、ハイボリュームのインターバル走で走行距離を稼ぎながら、一定のスピード持久力を維持する方法を重視してきました。

【ピントのマラソン特異的トレーニング期に行う分割インターバルの例】

練習内容

リカバリーの長さ

備考

400m×40

100m30秒)

総走行距離:19.9km(疾走は
10000mのレースペース)

500m×30

100m40秒)

総走行距離:17.9km

600m×25

100m45秒)

総走行距離:17.4km

800m×20

100m1分)

総走行距離:17.9km(疾走は
ハーフマラソンペース)

1000m×16

200m120秒)

総走行距離:17.9km

1マイル×10

300m2分)

総走行距離:18.8km

2000m×7

400m3分)

総走行距離:16.4km

(マラソン練習の初期は400m×40から始める)

これはリディアード式の最初に“有酸素ベース”を構築していくという考え方とは異なり、レナート・カノーバコーチのレースペースで走れる距離を“拡張”していく理論と非常に類似しています。

またピントは“遅筋優位タイプ”のランナーと言われ、スプリント能力はそれほど優れていませんでしたが、全てのトレーニングランは非常に速いペースで行われました。60分間走で約18km、日曜の2時間走は最大38kmに達しました。

一方で、トラックシーズンのトレーニング期には300m×20(46-47”・静止レスト75-80秒)のような比較的リカバリーを長めにとるショートインターバルを活用しています。

ピントは天性のスピード能力に優れた選手ではなく、ポルトガルメソッドでは“遅筋優位タイプ”の選手は速いペースのインターバルではしっかり回復時間をとって設定タイムをクリアする事を意識して行われました。

ピントはマラソントレーニング期の2〜3ヶ月間で、ロードの練習を中心に週250km、最大300km走り込んでおり、またトップクラスの長距離選手としては珍しく、高地トレーニングをほとんど行いませんでした。ここは日本の偉大なマラソンランナーとも共通する部分もあると言えそうです。

ピントを指導したアルフレッド・ピネイロコーチは、最近のインタビューで「今もピントは白人系歴代最強の選手」と言い切っています。

 

(参考資料)
・Jornal Record
・Metodologia de treino da maratona
・Antonio C:quick question about Lopes training
https://www.letsrun.com/forum/flat_read.php?thread=4404306

 TOP 

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中