1990年代後半〜2000年に活躍したスペインの長距離ランナー、ファビアン・ロンセロのトレーニングを紹介します。
Fabián Roncero(WA選手名鑑・ウィキペディア)
【自己記録】
2000m |
5:12.32 |
リヴァス |
2001年6月27日 |
3000m |
7:41.48 |
バルセロナ |
2000年7月25日 |
5000m |
13:22.46 |
サンセバスチャン |
2001年8月18日 |
10000m |
27:14.44 NR |
リスボン |
1998年4月4日 |
10km |
28:41 |
マドリード |
2002年12月31日 |
ハーフ |
59:52 NR |
ベルリン |
2001年4月1日 |
マラソン |
2:07:23 |
ロッテルダム |
1999年4月18日 |
10000m27:14.44、ハーフマラソン59:52というナショナルレコードは現在でも非アフリカ系ランナー歴代トップクラスのタイムであり、さらにマラソン2:07:23、世界クロカンでも10位と様々な距離、路面の異なるレースで活躍しました。
今回紹介する内容は、ロンセロのコーチであるギレルモ・フェレロがスペイン陸連公式セミナーで公開したもので、1998年ロッテルダムマラソンに向けた8週間のトレーニング内容がメインのテーマとなります。
ファビアン・ロンセロ– マラソン2時間7分台のトレーニング
28歳(1998年)
身長:171cm
体重:56kg(1998年ロッテルダムマラソン前)
体脂肪:9%
VO2Max:83
安静時脈拍:42
最大心拍数:183
ヘマトクリット値:43.5%
無酸素性作業閾値(AT)テストにおける乳酸値が3.1mmol/L時の心拍数は170で最大心拍数の90%。これはピーク時にロンセロが2:58/kmペースでテストしたものである。
血中乳酸値が約4.0mmol/Lとなるポイントが彼のAT値。これは安静時レベルの約4倍であり、ロンセロの場合はVO2Max 90%の強度であるが、トップレベルのマラソンランナーにとっては約85%である。
原則として、マラソンランナーはAT値とほぼ同じペースでマラソン全体をカバーすることができる。当日の競技の状況を考慮しつつ、戦術的にはATペースを超えないということが非常に重要である。
したがって、レースペースをこのように調整している。
前半のハーフ:目標タイムの50%から+15〜20秒
後半のハーフ:目標タイムの50%から−15〜20秒
理想は、身体的および心理的な理由でトレーニングの路面を変化させていきたい。ランニングの期間と種類に応じて、ロード、クロカン/オフロード、トラックを組み合わせていく。
ファビアン自身は、練習時のタイムに関してとても神経質だったため、トラックであまりにも多くのポイント練習を行なっていたが、コーナーで発生する過負荷、ストレスのために怪我のリスクがあることに注意しなければならない。
トップレベルのランナーが、1年に2回マラソンを走っている場合、2年ごとに1つのマラソンはスキップして、10000mの記録の改善に集中することをお勧めする。しかし、賞金レースと選手権レースの増加により、それを行うことはだんだんと難しくなっている。
少なくとも、マラソンを走った後、次のマラソンまでには3カ月の間隔を空けなければならない。マラソンでの疲労は15日後には回復しており、その後徐々にトレーニングを再開した時点では何らかの能力を失っている。
この再生期間の後、私は通常ミクロサイクル(9日間)を割り当てて、マラソン後に失われたスピード能力を回復するためのスピードトレーニング期を作っている。
【1年間のレースプログラムについて】
・クロカンレース(5〜6レース)
・10km〜ハーフ(4〜6レース)
・5000m・10000m(3〜4レース)
・マラソン(2レース)
合計14〜18レース(年2回のマラソン後にレースに出ない期間が6週間あり、その期間を除くと1年を通して2週間半ごとに約1レースに相当)
レースの終盤での緊張と痙攣を避けるために、柔軟性の向上について私たちは特に注意を払う。マラソンに向けてAT値を改善するために、レースペースよりもわずかに速いスピードでトレーニングを行なっている。2:07台のマラソン選手の場合はレースペースは3:00/kmであり、1000mのインターバルでは2:50/kmより速いスピードで走ることはほとんどない。
AT値は、心拍というよりかは基礎代謝の指標である。心拍数についてはコーチに簡単な“コントロールマーカー”を提供するが、真の指標となるのは血中乳酸レベルである。※ 2km × 5(リカバリー45秒)で乳酸値テストを行い、1本毎に血液サンプルを採取する。
(※)バルディーニやボルディン等イタリア代表選手も行なっている定番のテストメニュー
2kmのペースは6:20から5:55まで徐々に上げていく。AT値は乳酸値が安定するレベル。それから翌日、ATペース(ロンセロの場合は2:57/km)で7.2kmを走ってこれを確認する。まず3.2km走って、完全に回復してから4km。心拍数と血中乳酸テストして、数値を再度記録する。
我々は9日間のサイクルでトレーニングを行っている。このサイクルでは中強度→高強度→低強度を3回繰り返して、10日目には状況に応じてアクティブレスト、また完全休養をとることにしている。
1年に2回マラソンに出場する場合の期分けは次の通りになる。
① 基礎期:8〜12週間
② 鍛練期:5〜8週間
③ 試合期:6〜8週間
1年に2回のマラソンで、期間が均等でない(間隔が短過ぎる、あるい長過ぎる)場合はバリエーションを変えて調整する。
〜練習プログラムの解説〜
【筋力強化とコンディショニング】
・サーキットトレーニング
・ショートヒル30〜40m
・ランニングテクニック/ドリル
・マルチジャンプ(スクワットスラスト、バーピー、スタージャンプ)
・柔軟性を高めるエクササイズ
A:エアロビックコンディショニング
安定した様々なペースのランニング
・回復ラン:4:00〜4:10/km
・安定ペース3 :3:35/km(75〜105分)
・安定ペース2 :3:10/km(30〜50分)
B:エクステンシブ・レジスタンスワーク(高強度トレーニング)
・安定ペース1:2:55〜3:00/km(20〜35分)
・1000〜4000mのインターバル(リカバリー1〜3分)
例:1000m × 6〜10本・4km × 2〜3本など
上記の安定ペース1よりわずかに速く、より正確なペースで行うこともある。また、1-2-3km毎にペースを上げる持続走形式で行う場合もある。例えば、ファビアンのピーク時には6km走を3km(3:05/km)→ 3km(2:48/km)と、ペースアップして行った。この種のトレーニングで、インターバルではやるのが難しいと思われるペースをこなせる時があるということは興味深い。
上記の乳酸テストとは別に、マラソンの3週間前のテストとしてハーフマラソンを走る。これはファビアンの体調を知るのに十分な距離。私がトレーニングの重要な部分であると考えるのは、上記のようなインターバルセッションと安定ペース1のセッションである。要約すると、マラソンの持久力トレーニングとは、必要とされる持久力のタイプが異なるため他の長距離とは種類が異なる。
一般的なトレーニングとは心肺機能を高めることであり、具体的には特異性の高い閾値トレーニング、酸素運搬能力の向上、エネルギー代謝の適応(脂質酸化能力の向上)にある。マラソン選手はAT値を上げてペースに余裕を持たせること、脂肪と糖をうまく使ってレースを走りきる、という2つの仕事がある。
トレーニングにおいては、基礎期やそれまでにインターバルのペースを上げ続けることができないため、ボリューム(本数・距離)を増やしたり、リカバリーの距離や時間を減らしたり、イタリア人が“ファストリカバリー”(リカバリー3:45/kmペース)と呼ぶノウハウを織り交ぜてトレーニングを行うことが重要。
試合期はペースを少し上げて(乳酸テストのAT値を基本として)、量をわずかに減らす。インターバルでは短いリカバリーで決められた量をこなせるように、ペースを厳しくしすぎないよう注意する。
閾値より僅かに遅いペースのランニングを含める事は、トレーニングの単調さに対して効果がある。簡単にいえば、安定ペース2と3は基礎期のキーポイントであり、鍛練期は安定ペース2と1、試合期はインターバルと安定ペース1がキーポイントとなる。
走行距離には9日間のサイクル(7日サイクルでない)で以下の範囲になる(おおよそ×3で月間走行距離)。
① 基礎期:220〜265km
② 鍛練期:280〜320km
③ 試合期:260〜280km
ここでは厳密なシステムについては言及しない。基礎期はトレーニングの多様性に欠けるが、レースを最もハードなセッションとして利用できる。鍛練期は、主要なレース前を除いてあまりメニューを変えない。試合期はそのようなアプローチではない。
1996年10月のカルピマラソン(2:09:43で優勝)の前まで、ファビアンは高地に行ったことがなかった。夏の3週間、スペインのナバセラダ(1800m / 2200m)に行き、穏やかで涼しい高地の恩恵を受けた(それ以来、彼は常に高地でのトレーニングパートナーであるホセ・リオスと一緒に、何度か高地トレーニングをした)