世界最高の大学長距離チームの1つで、3年以上に渡ってクロカンで無敗の北アリゾナ大(NAU)が2019年のクロスカントリーシーズンを開始する前日の9月6日、※ランバージャックスのヘッドコーチであるマイク・スミスが大騒ぎする …コースマップ?
(※)北アリゾナ大のスポーツチームの総称
彼がパニックに陥ることは普通の状況ではないが、これは通常のシーズンの開幕戦に程遠いレースである。通常、ジョージカイトクラシックは選手のトレーニングを兼ねて行われるレースで、チームのトレーニング開始から21日以内に大会に参加することで、ランバージャックスがNCAAのルールを守るためのレースにすぎない。
しかし、今年は、アリゾナクリスチャン大とピマコミュニティカレッジに加えて、全米学生クロスカントリー選手権男子団体で2016〜2018年に3連覇している北アリゾナ大が、日本で最も権威のあるレースの箱根駅伝を制した東海大のために(アリゾナ州のフラッグスタッフ合宿の締めとして)このレースを開催した。
それはアメリカと日本の長距離ナンバーワン大学による最高の対決のようなものであり、通常であればそれはあくまで仮定の話として実現するものではないが、実際にそれが行われ、スミスは北アリゾナ大のクロスカントリーシーズンで唯一の地元でのレースということで、少しだけ全米学生王者としての自覚を持っている。

「私は日本人のためにこの大会を開催することについて、“良い感想を持ってもらいたい”という感覚をすぐさま抱いた」
スミスは言う。
「日本人は一般的にはとても入念である」
特に、スミスはレースのコースマップについて心配していた。通常、彼は毎年同じコースマップをコピーして渡す。このレースには毎年同じチームが出場し、そして彼らはコースを知っている。
しかし、このコピーされたコースマップで予習しても初めて出場する選手にとっては準備不足であると考えている。それに続く問題は、価値のあるコースマップをこれまでに作成しようとしてきたが、ことごとく失敗に終わったことにある、と。
「つまり、さまざまなマーカーをなぞってコースマップを作成するようなものだ」
とスミスは言う。
「それから、マップを手書きで作成することはできない。パソコンで作成する必要があり、まずはワードで“図形を挿入する”の機能を使用して、この手順を正確に行おうとした。しかし、これにはさらなる調整が必要だった。その後、フォトショップやグーグルアースを使用した。
最終的に、スミスは北アリゾナ大の元コーチのエリック・ヘインズに連絡を取って、彼からオリジナルのコースマップをメールで送ってもらい、 いくつか最後の修正後にコースマップが完成した。 任務を遂行した今、スミスは彼のキャリアの最も厳しいシーズン開幕戦に集中することができる。
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標高2,100mのアリゾナ州フラッグスタッフにある北アリゾナ大のブルータータンのトラックに毎朝行くと、そこで誰と出くわすかどうかわからない。
それは、シカゴマラソン連覇のためのトレーニングでフラッグスタッフにここ数ヶ月滞在している4回のオリンピック金メダリスト、イギリスのモー・ファラーかもしれない。
または、スコット・ファウブル(2019年ボストンマラソン男子7位 = 2:09:09)やケリン・テイラー(マラソン2:24:39)のようなフラッグスタッフのプロチームのHOKA NAZ Elite(Northern Arizona Elite)のメンバーの1人かもしれない。または、標高2,100mでの高地トレーニングの効果を求めている細い脚のランナーのいずれか。
このようにフラッグスタッフは世界中のアスリートが高地トレーニングを行う場所であり、スミスはこの場所に年中暮らしていて、正真正銘の現地人で自分自身をホストと思っている。 彼はよく町に出て他のコーチに質問をしては、トレーニング場所の情報を提供したりと、様々なコーチに手を差し伸べる。
そのようなことから、8月中旬に東海大が高地トレーニングでフラッグスタッフに到着した時、スミスは両角速監督やコーチと連絡を取った。 スミスのアイデアは、距離走で北アリゾナ大と東海大の合同練習をすることだったが、東海大のフラッグスタッフ合宿が終わりに近づいた時でもそれは実現しそうにもなかった。
「今の時期の我々の距離走はかなりリラックスしているけど、東海大の距離走は終盤にかけてペースアップしていく」
と、スミスは話す。
「それは、おそらく(11月の全米学生クロカンの10kmにピークを合わす)我々のために働かないだろう」
それについてあまり深く考えていないが、スミスは東海大が日本に帰国する前日の9月7日に北アリゾナ大が主催したクロカンレースについて触れた。
「元々は東海大の選手が出場する可能性がほとんどないと思っていた」
スミスは話す。しかし、レースの約1週間前に、スミスはメッセンジャーアプリのWhatsAppを開いて、予想していなかったメッセージを受信した。
東海大が出場する、と。
両角監督は、ほとんどの日本のコーチとは異なってクロカンを重視していると考えれば、この選択にはそれほど驚くことではないだろう。彼は佐久長聖高校時代にはクロカントレーニングができるように、高低差10mで1周600mのクロカンコースを自ら重機を操作して整備した。また、2011年に東海大の駅伝監督となってからは、大学内の陸上競技場の周りを走る1周1100mのウッドチップのクロカンコースを作った。
結果は驚異的だった。
佐久長聖では大迫傑を指導し、彼は5000m(13:08)とマラソン(2:05:50)で日本記録を樹立。また、村澤明伸と佐藤悠基はマラソンでサブテンを達成している。そして今年、両角監督は箱根駅伝で東海大を初の総合優勝に導いた。
「東海大の選手たちが今回のレースを走って、どれだけ高地に適応したかを見ることができたので、レースに参加できてとても良かった」
と、東海大ヘッドコーチの西出仁明コーチはレッツラン に話す。
「箱根駅伝の優勝校と、全米学生クロカンの優勝校が競うことは滅多にないチャンスだと思い、レースに参加することにした」
スミスはトレーニングで流れ作っていくのを好み、レースへの期待感を軽視していた。
「スミスは我々にこう言うだろう。東海大は北アリゾナ大に勝ちにくる」
と、北アリゾナ大2年のライアン・ラフは話した。
スミスは最初は冗談半分だった。
東海大の選手たちの才能は、NCAAのエリート選手の才能に匹敵する。2019年の箱根駅伝の16名のチームエントリーには、5000m13分台が9名(13:41よりも速い選手が4名)。そして、これらの選手はアメリカの選手よりもはるかに長い距離で競うためにトレーニングしていることを考慮しないといけない(アメリカの学生は最長でトラックの10000mかクロカンの10km)。
5000m13分台を数えるだけでなく、東海大にはハーフマラソンで62:07と62:17の自己記録を持つさらに2人の選手がいた。それと比較してみると、北アリゾナ大の2018年の全米学生クロカン選手権の優勝メンバーには、5000m13分台が7名(東海大のように13:41よりも速い選手が4名)。
しかし、これらの自己記録の比較以外にも、北アリゾナ大の選手たちは東海大がどのようなトレーニングをしていたかを見て感銘を受けた。ラフは東海大の800m×20本のインターバルの様子を思い出した。それは北アリゾナ大の選手がトラックで走る距離よりもはるかに長い。
そして、東海大の選手間でトレーニング中に会話を交わすことはほとんどない。
「基本的にはトレーニングの開始から終了まですべてがビジネスのようだった」
と、ラフは話す。
レースの5日前、スミスは彼のオフィスに座っていて、北アリゾナ大のトラックを眺めながら、精度の高い軍隊かのような東海大のロングインターバルトレーニングを見学した。
「10人の選手がまったく同じ見た目だった。全く同じ髪型、サングラス、靴下、靴、ランシャツ、ランパンを履いていたように思う」
と、スミスは話す。
「彼らは800mのインターバルを200mjogで繋いで全部で90分ぐらい走っていたと思う。そして、それは素晴らしいことだ。このチームは本気でそれに取り組んでいた。彼らは我々のチームに勝ちにくるだろう」