※以下は、ニュージーランド・ウェリントン在住の谷本啓剛氏(ランニングガイド・RunZ:ラン・ニュージーランド代表)によるレポートで、レッツランジャパン(LetsRun.com Japan=LRCJ)オリジナルコンテンツのインタビュー記事です。
ダニエル・ジョーンズ
~ ニュージーランドのマルチスポーツアスリート&トップマラソンランナー ~
ダニエル・ジョーンズ選手(以下ダン)は今年7月、オーストラリア・クイーンズランド州で開催されたゴールドコーストマラソンで2:16:15を記録し、現在ニュージーランドの国内ランキングで4位にランクされている選手です。IAAF選手名鑑
今年9月にドーハで開催されるIAAF世界選手権マラソンの参加標準記録2:16:00と比較しても、ニュージーランドにおいてマラソンランナーとしての潜在能力を感じさせる選手の1人だと思います。しかし、ダンは実際のところマラソンランナーではなく、※マルチスポーツアスリートでありながら、マラソンも行うといったキャリアを積んでいます。
今回のゴールドコーストマラソンでの経験、これまでのマルチスポーツとランニングの取り組みについて今回の記事にまとめました。
※ トレイルランニング・マウンテンバイク・カヤックの3種目を主に行う競技。
詳しくは、ダニエル・ジョーンズ選手紹介記事(ランニュージーランドより)
ゴールドコーストマラソン
「ゴールドコーストマラソンは、昨年の夏から取り組み始めたマラソントレーニング計画の最終ゴールだった。2時間16分前半でゴールできたことは率直に嬉しい」
ゴールドコーストマラソンのゴールした後の気持ちに関して、ダンはこのように話してくれた。タイムでいうと2:16:15という結果で、ドーハ世界選手権マラソン参加標準記録にあと16秒届かなかった。しかし、ダンはこのように続ける。
「2時間16分台が目標だったから、まず1つの目標を大きくクリアできた。結果的にタイムが2時間16分に近づいていくと、2時間16分まであと少しだったと主観的にも客観的にも思うけれども、それはどんなタイムでも一緒だと思う」
「去年のゴールドコーストマラソンを走った時は初めてのマラソンだった。練習の時から思ったよりも走れていて、目標タイムを2:30から2:25に上げて、結果的に2:20:06でゴールできた時はすごくうれしかった。これは今回のゴールの時の気持ちととても似ている感覚。サブ2:20が目の前だったけど、自分の当初の目標は大きくクリアできたからこの時も素直に嬉しかった」
ダンは多くのマラソンランナーと同じようにマラソンを走る前にある程度、目標タイムを決めてトレーニングを行いレースに臨んでいる。そして≪1つのレースで1つの目標をクリアすること≫に対して集中している。走り終わった後でのリザルト上に見られる≪もう一つ壁を越えられたかな≫ということにはあまり関心がないようだ。
「今回のゴールドコーストマラソンでは3:13/kmをレースペースとして設定していた。集団はずっと3:12~3:13/kmで進んでいて、自分にとっては非常に快適なペースだった。20㎞を過ぎてから少しきつくなってきたけど、すでにハーフマラソンの距離を走っているから、フレッシュでないのは当然としても、そのままのペースを維持することに集中できた」
「それから、25㎞~30㎞あたりでセカンドウインドを感じて体が楽になった、ここの感覚で今のペースを維持してゴールまでいけるという自信が持てた。35㎞以降はかなりきつかったけれど、マラソンレースでそこは当然きついところだと思っていたからきつくて当然という気持ちで走り通した」
ダンは初マラソンとして2018年のゴールドコーストマラソンを走ってからすでに6本のマラソンレースを経験している。しかし驚くべきことにまだマラソンの壁にぶつかったことはないという。何がダンの走りをコントロールしているのか。ダンのトレーニングの調整力とセルフマネジメントにその鍵があるようだ。
ゴールドコーストマラソンに向けての準備とびわ湖毎日マラソン
「ゴールドコーストマラソンに向けては、昨年の夏からマラソンの本格的なトレーニングに取り組み始めた。その中で3月に日本のメジャーマラソンであるびわ湖毎日マラソンがあった」
【ダンの昨年7月からの大会結果】 |
「びわ湖毎日マラソンは、昨年と今回のゴールドコーストマラソン比べるとかなり悔しい結果だった」
今年3月、日本のびわ湖毎日マラソンでは2:18:40で自己記録を更新しているのだが、何がダンにとって悔しかったのか。
「びわ湖毎日マラソンに向けては、2時間17分台の目標でトレーニングを積み、レースに臨んだ。最後にペースを上げるように努力してみたけれど40秒ほど目標には届かなかった。びわ湖のレースのほうが今年のゴールドコーストで15分台に届かなかったことよりも悔しい結果だった。結果的に目標を達成できなかったからね」
【びわ湖毎日マラソンのダンのラップ】 |
ラップ見れば非常に安定した走りであるように思うが、ダンにとっては自分自身のレースペースを完璧にはコントロールしきれていなかったようである。オーストラリアよりも遠い海外遠征であったことや、当日の冷たい雨などがダンのセルフマネジメントを少し狂わせたのかもしれない。トレーニングでは到達可能と考えていたゴールタイムよりも40秒遅かったことに悔しさをにじませた。
ダンはびわ湖毎日マラソンの次のマラソンのゴールとして、7月のゴールドコーストを今期の最終目標として気持ちを切り替えた。今シーズンでこれが最後のチャンスになることは彼自身が1番よく理解していた。なぜなら8月にはマルチスポーツの大会のためにチームメイトと中国に行く予定を立てていたからである。
「びわ湖のレース後2週間くらい軽い休養期間を取って、7月のゴールドコーストマラソンのたまに練習を始めた。練習の再開はまずKパークで軽くジョグをして、1㎞を3分くらいで走るという練習だった。体は休養明けだから少しきつかったけど、疲労が取れていることを感じられたことが良かった」
「練習は火曜日か水曜日のどこかでレースペースのワークアウトを行い、週末はテンポ走やロングラン、レースに出るなど柔軟に行う形で取り組んだ。火曜日か水曜日に行うトレーニングはいつもトレーニングの進行状況を確認することができてすごく自信になった」
「特に自分に自信を与えてくれた練習は、1㎞速く・1㎞流しを12回行うトレーニング(24km変化走)。5月に1回試してみたが、その時は8セットまでしかできなかった。6月にもう1度同じペース設定で行った結果、3:04前後(速い1㎞)・3:20前後(流す1㎞)で12セット行うことができた。これが1番自信を与えてくれたトレーニングになった」
ダンはびわ湖毎日マラソン前3か月のトレーニングを踏襲しながらも、目標である2:17のための練習として改善を加えた結果、2:18のための練習(びわ湖のための練習)よりも体は思うようにトレーニングペースに馴染んでいったという。
「ほとんどのワークアウトで“自分の走りが良くなっている”ということを感じることができた。たまにあまり良くない日もあったけれど、悪かったときの後は軽いトレーニングの日にリラックスして友人と話しながら走ったり、別のワークアウトで気持ちを切り替えたりすることができた」
「それに悪かった日があっても、その日はレースの日じゃないし故障して走れなくなったわけじゃない。そう考えると悪かったのはワークアウトだけで、そこまで悪い日じゃないしね」
ピュアランナーはその日のトレーニングの結果でかなり気持ちが動揺してしまう選手が多いように思う。しかし、ダンはタイム同様に1つのことに固執して物事を捕らえない選手といえる。
ダンの競技に対する精神的な気質は、マルチスポーツにおける多種目性やチーム性といった独特の競技感を基礎にして培われたのかもしれない。マルチスポーツのフィールドはそのほとんどが自然の中である。
山・川さらには天気といった自然という外的要因を私たちはコントロールすることはできない。また長時間扱う機材の状態がレースのスタートからゴールまで必ず無事とは限らない。(ブレーキトラブルやタイヤのパンクなど)
こうした外的要因に大きく左右されるマルチスポーツでは、レーススタートからゴールまで順調にいくことの方が少ない。私たちは外的要因に対してはコントロールすることはできない。
しかし、それらトラブルに対して冷静に対処することはできる。マルチスポーツでは、途中順調にいかなくても全体を通して心を穏やかに保ち競技には全力で挑む。全身の持久力以上に精神的な持久力が勝利の鍵を握っている種目といえる。