2018年欧州選手権の中距離種目で話題をさらったのが、ノルウェーのインゲブリクトセン兄弟。ノルウェーの南西部のサンドネスに拠点を置く陸上一家のインゲブリクトセンファミリーは、父、母、7兄弟(男6、女1)の9人家族に加えて、7兄弟のうち4人が妻を持つ(そのうち2人が2人の子供を持つ)。
ドーハ世界選手権、東京オリンピックの男子1500m、5000mでメダル候補のインゲブリクトセン兄弟、そしてインゲブリクトセン一家について以下に簡単にまとめる。
(※)年齢は2019年8月現在
インゲブリクトセンファミリーの家族構成
父:イェト(Gjert-Arne Ingebrigtsen )53歳
父のイェトは息子のヘンリク、フィリップ、ヤコブのコーチであるが、スウェーデンに本社を置く総合商社のアーセル社(Ahlsell)の物流プランナーとして32年間常勤。現在は責任者の役職に就きフルタイム勤務をしている。
本業の片手間で息子たちのコーチングをしてきたが、イェト自身は陸上競技の経験が無く、指導の免許も持っていない。つまりは彼にとってはコーチングは職ではない。とはいえ、中距離の欧州チャンピオンを3人生み出し、2018年のノルウェースポーツ・最優秀コーチ賞を受賞していることからみても異例の指導者といえる。
ヘンリクとフィリップの幼少期には朝にローラースキーの練習を約60分間行わせており、ノルウェーらしく彼らをウィンタースポーツに取り組ませていた。その後、それぞれを高校から本格的に陸上競技に転向させている。ヤコブには中学校に進学した後の時期から2人の兄と徐々に一緒にトレーニングを開始させる。
3人の息子がともに活躍し始めた2017年からの2年間で、イェトは3人への指導を本格化させるためにアーセル社の退職を検討。しかし、2019年の8月中旬から六男のウィリアムが小学校に入学、長女のイングリッドが中学校に入学すること(経済的理由)、そして本業はコーチングやレースというスポーツの現場とのメリハリを生み、本人にとっては良いリフレッシュになっているという理由で現在もフルタイム勤務をしている。
しかしながら、フルタイムの仕事とコーチングの両立は難しく(=平日は夜にしかトレーニングを見れない)、トレーニングは地元のノルウェーのサンドネスで見ることがほとんどである。
また、サンモリッツやフラッグスタッフでの合宿には本業があるためイェトはほとんど行くことができず、合宿中はトレーニングメニューやトレーニングの内容報告を電話やメールでやり取りするという、リモートのコーチングを行なっている。
母:トーン(Tone Eva Ingebrigtsen)49歳
母のトーンは7人の子供の育児と並行して美容師として働き、現在では2つの美容院をノルウェーで運営している。夫がフルタイム勤務に加えて、平日の朝、夜、休日の日中は概ねコーチングをしているので、日常的に仕事に加えて家事全般、育児をこなしている。
長男:クリストファー(Kristoffer Ingebrigtsen)※YouTube
2児の父である長男のクリストファーは昔、陸上競技に取り組んでいたが、今でもたまに自転車でペーサーをするなど兄弟たちのトレーニングのサポートをしている。ノルウェーのスタヴァンゲル(サンドネスから10km程度)のKPMGに勤務する。
妻:クリスティーナ(Christina Ingebrigtsen)
https://www.instagram.com/p/BjczH_agIU_/
クリストファーの妻のクリスティーナ(左)と、
インゲブリクトセン兄弟唯一の女性のイングリッド(右)
次男:ヘンリク(Henrik B. Ingebrigtsen)
1991年2月24日生まれ(28歳)
【自己記録】
800m 1:48.09(2014年)
1500m 3:31.46(2014年)
1マイル 3:50.72(2014年)
3000m 7:36.85(2019年)NR
2マイル 8:22.31(2018年)NR
5000m 13:15.38(2019年)
【主な実績】
1500m
・ロンドンオリンピック:5位、リオオリンピック:準決落ち
・北京世界選手権:予選落ち、モスクワ世界選手権:8位
・欧州選手権:2010年予選落ち、2012年金、2014年銀、2016年銅、2018年4位
3000m
・世界室内:2015年銅、2017年銀、2019年銅
5000m
・欧州選手権:2016年4位、2018年銀
次男で2児の父のヘンリクは現在の3000m、2マイルノルウェー記録保持者。19歳で1500m3:38.61、3000m7:58.15の記録を持っていたが、そこから2年後(21歳)の2012年には1500mで欧州選手権を制覇し、その1ヶ月後のロンドンオリンピックでは5位入賞。
インゲブリクトセン兄弟の躍進はこの2012年の躍進から全てが始まり、ヘンリクは欧州選手権ではこれまでに計4つのメダルを獲得している( 1500m×3、5000m×1)。弟のフィリップやヤコブの成功は、ヘンリクの成功無くして達成されなかったといえる。
妻:リヴァ(Liva B. Ingebrigtsen)
三男:フィリップ(Filip M. Ingebrigtsen)
1993年4月20日(26歳)
【自己記録】
800m 1:47.79(2016年)
1500m 3:30.01(2018年)NR
1マイル 3:49.60(2019年)NR
3000m 7:49.70(2016年)
5000m 13:11.75(2019年)
【主な実績】
1500m
・リオオリンピック出場(予選失格)、ロンドン世界選手権1500m銅
・欧州選手権:2014年予選落ち、2016年金、2018年12位
その他
・欧州クロスカントリーシニアの部10km:2018年金
三男のフィリップは現在の1500m、1マイルノルウェー記録保持者。20歳で1500m3:38.76の記録を持っていたが、欧州選手権を17歳で制したヤコブ、21歳で制したヘンリクと比較すると、フィリップが欧州選手権を制したのは23歳(2016年)だった。翌年の2017年にはロンドン世界選手権で銅メダルを獲得し、フィリップはシニアになってから着実に力をつけた。
2018年欧州選手権1500mでは予選で転倒し、決勝はその影響もあり12位で5000mは欠場。しかし、冬の欧州クロカンでは専門外の10kmという距離にも関わらず、長距離選手を退けて優勝した。
妻:アストリッド(Astrid M. Ingebrigtsen)
フィリップの妻のアストリッドはノルウェーの現役短距離選手で自己記録は100m11.71、200m23.56である。
夫と走るアストリッドのサンモリッツ合宿での平地練習の様子(イタリアのキアヴェンナ)
四男:マーティン(Martin Ingebrigtsen)
四男のマーティンは長男のクリストファーと同じく陸上競技をしていたが、挫折を経験しシューズを置いた。クリストファーと同じく兄弟のトレーニングを自転車でたまに先導することがある。
妻:ティニ(Tini Ingebrigtsen)
五男:ヤコブ(Jakob Ingebrigtsen)※YouTube
2000年9月19日(18歳)
【自己記録】
800m 1:49.40(2017年)
1500m 3:30.16(2019年)
1マイル 3:51.30(2019年)
5000m 13:02.03(2019年)NR
3000mSC 8:26.81(2017年)
【主な実績】
・欧州クロカンジュニアの部8km:2016~2018年優勝
・2017年U20欧州選手権:2冠(5000m、3000mSC)
・2017年ロンドン世界選手権:3000mSC予選3組8着 8:34.88(最後の障害で転倒)
・2018年U20世界選手権:1500m銀、5000m銅
・2018年欧州選手権:2冠(1500m、5000m)
・2019年欧州室内選手権:1500m銀、3000m金
五男のヤコブは現在の5000mノルウェー記録保持者。今でこそ華々しい成績を収めているが、13歳で兄と一緒に合宿で2部練を始めた時は故障に悩まされた。しかし、その翌年のシーズンには大幅に記録を伸ばしている(下記参照)。
レーススタイルとして、序盤は後方に待機して前方の様子を伺い、後半にかけてポジションを押し上げていく。このようなレーススタイルもあり、ヤコブがラスト1周で失速することはほとんどない。
彼女:エリザベス(Elisabeth Asserson)
長女:イングリッド(Ingrid Ingebrigtsen)13歳
兄たちの活躍を幼い頃から間近で見ているイングリッドは、小学校から陸上大会に出場しているが、本格的なトレーニングはまだ積んでいない。※2019年8月中旬から中学校に入学。
父のイェト曰く、フィリップに似ていて、イングリッドはジュニア期からではなくシニア期から競技成績が伸びていくだろうとみている。インゲブリクトセン兄弟で初の女性選手ということもあり、ジュニア期は兄たちとは違った育成方針があるのだろう。
(※)ノルウェーの小学生は7年生の6月に卒業し、8月中旬より中学校に進学する。
六男:ウィリアム(William Ingebrigtsen) 6歳
六男のウィリアムは2019年8月中旬から小学校に入学。次男のヘンリクとは22歳差で、現在6歳ながらもそのランニングフォームからは走技術のセンスが感じられる。