※以下は、ニュージーランド・ウェリントン在住の谷本啓剛氏(ランニングガイド・RunZ:ラン・ニュージーランド代表)によるレポートで、レッツランジャパン(LetsRun.com Japan=LRCJ)オリジナルコンテンツのインタビュー記事です。
ジェームス・プレストン
~U20世界選手権男子800mNZ代表~
Embed from Getty Images2016年U20世界選手権:800m予選5組1着(右端手前)
今回はニュージーランド・800mのスペシャリストであるジェームス・プレストン選手を紹介します。ジェームスは2015年の18歳時から本格的に800m走という競技を始め、その年から一気に頭角を現し、2016年にはジュニア世代でのナショナルタイトルを獲得しました。同年にU20世界選手権に出場して1分48秒06をマークし、将来のニュージーランドの800mにおいて代表選手として注目される選手です。
ニュージーランドのウェリントンで生まれ、ジュニア期はホッケーをメインスポーツとして取り組んでいましたが、ランニングクラブのコーチの勧めで陸上競技へ転向しました。現在は地元のヴィクトリア大学で学生として生活する傍ら、ニュージーランドのみならず世界各地のレースを転戦しています。
ランニングの競技歴は非常に浅いという反面、順調な時期や故障を通して自分の走りを的確に分析する姿は、ランニングを長年継続する選手にも引けを取らないほど思慮深くトレーニングに取り組みます。そうしたジェームスのこれまでのランニングの成長過程と、今後のランニングの目標に関してインタビューしました。
ジェームス・プレストン:IAAF選手名鑑
出身: ニュージーランド・ウェリントン
生年月日: 1997 / 5 / 8
自己ベスト: 800m 1:47:61(2019年)1500m 3:46:60(2018年)
大学: Victoria University(ニュージーランド・ウェリントン・ヴィクトリア大)
クラブ: ウェリントン・スコティッシュ
コーチ: Evan Cooper
年次ベスト:800m(2014年より開始)
記録 | 場所 | 日付 | |
---|---|---|---|
2019年(22歳) | 1:47.61 | ワンガヌイ (ニュージーランド) |
2019年3月2日 |
2018年(21歳) | 1:47.76 | ブリュッセル (ベルギー) |
2018年6月30日 |
2017年(20歳) | 1:53.81 | オークランド (ニュージーランド) |
2017年12月19日 |
2016年(19歳) | 1:48.06 | ブィドゴシュチュ (ポーランド) |
2016年7月23日 |
2015年(18歳) | 1:53.12 | ティマルー (ニュージーランド) |
2015年12月6日 |
2014年(17歳) | 1:57.04 | ウェリントン (ニュージーランド) |
2014年11月1日 |
その1はこちらから
怪我と復帰
順風満帆だったジェームスの競技生活であったが“故障”によって突如として中断を余儀なくされてしまう。
『発症するまで痛みは特に感じていなかったけど、突然強い痛みが足の甲にはしった。病院で診てもらったら“疲労骨折”といわれ、それから12週間は安静することになった』
ランニングを心から楽しんでいたジェームスにとって、12週間の安静はとても長く感じられた。そして安静が終わったのちの12週間は走ることなくプールに行って泳いだり、衰えた筋力を強化したりといったようなリハビリの生活となった。故障により6か月間も完全にランニングから離れた生活の中でジェームスの心境はどのように変化したのだろうか。
“故障”というネガティブな状況の中で、ジェームスのランニングに対する気持ちにどのような変化があったのかについて、当時を振り返るように教えてくれた。
今までの競技生活で最も特別な出来事は“故障をした”こと
『この質問に対しては、ほとんどの選手がとてもよかったレースや思い出深いレース・大会のことを話すと思う』
と、ジェームスは話し始めた。
実際筆者の私もそのような答えに期待していたが、“故障をした”ということが特別な出来事というのはとても意外な答えであった。
ジェームスがジュニア期から“前進すること”だけだった競技生活を中断しなければならなかったことに加えて、U20世界選手権で一緒に走った選手たちが、その後にそれぞれの国を代表して世界大会を走る姿を見て…
通常であれば、故障は“焦り”や“悔しさ”といった感情を生む要因であり『故障をしたことで後悔の念に駆られたのだろう』と私は想像していたが、彼の回答にとても驚いたということが私の正直な第1印象であった。
しかし、ジェームスは『ランナーとしての考えというものを“故障をした”ことが大きく広げてくれた』というように分析して理解している。
『ランニングを始めてから、それまで本格的にやっていなかったこともあって、自分の走力が常に向上していくことを毎日感じていた。そして、ただそれだけだった』
『特に何も考えていなくても、言われた練習をしてレースに出れば練習した分だけレースの結果で返ってきた』
『故障をして、はじめて練習のことや体のことを考えるようになった。今までやってきた練習やレース、そしてこれから行う練習や挑むレースに対する考察や理解をできるようになった』
『今思うことは“故障をした”ことを通して得た“考える能力”が、自分の競技生活をさらに強くなるために変えていくきっかけになった』
『走る練習に関して考えるだけでなく、体力面での強化もトレーナーについてもらって補っていくことで、走っている時の感覚がよりよくなってくることを最近は良く感じている。あとは走ることは大好きで、できることなら毎日走りたいけれど週1回の休養日の意味も今ならよく理解して、気持ちを整理して休養を取ることができるしね』
実際には故障が治ってから、ジェームスは2016年7月に出した自己記録の1分48秒06に近い記録が出せず、2017年シーズンを1分53秒81といった平凡な記録だけで終えてしまう。
それにも関わらず無理に練習を引き上げることなく、コーチであるエヴァンと共に現在の自分に必要なことや問題を解決することを実践していき、2018年の6月、ベルギー遠征中にブリュッセルで1分47秒76という自己新記録をマークしてみせた。
大学生になってから経験した欧州遠征
ジェームスの中で最も印象に残っているレースの1つはU20世界選手権の参加標準記録を突破したポリットクラシックのレースであった。ニュージーランドのトラックシーズンに各都市で開催されるクラシックレースは、規模が小さいものの国内外のトップ選手が集まりとてもハイレベルなレースが展開される。
半世紀ほど前、ワンガヌイでピーター・スネルが世界記録をマークしてからというものの、NZ各地のクラシックレースはこれまでのNZの中距離の歴史を築いてきた。そこで参加する選手や応援する人々は、その独特な雰囲気の中でレースを走ること、そしてそのレースを観戦することができる。
2016年2月:1分48秒92の当時の自己新でU20世界選手権の参加標準をクリア
(青のユニフォーム:優勝)
2016年のポリッツクラシックに参戦したジェームスは、今まで1分50秒を切るようなレースを体験したことがなかった。各選手が積極的に前に出る中でとても速い1周目であったが、いつもよりも体はスムースに前へと進んでいた。そして2周目、体はさらに加速していくような感覚で、ただ前だけに進んでいった。
ニュージーランドの伝統的なレースで、自分の持てる力を出し切り、更に世界大会の参加標準記録を突破できたこのレースはジェームスにとって1つの大切なレースとなった。そして、この記録がU20世界選手権への参加、更にシニアの世界大会への最初のステップになる。
ジェームスの2018年シーズンベスト(1分47秒76)は生まれ故郷のニュージーランドを離れ、ヨーロッパ遠征中に記録したものである。『このレースはとても意外なレースだった』とジェームスは話す。

『実際このレースは良い走りができればよかったが、そこまで狙ったレースではなかった。1周目を54秒で気持ちよく入って、2周目も同じように走るつもりだったのだけれど、ゴールした時の記録は1分47秒76だった。実際に2周目にはペースが思ったよりも上がっていたことに驚いた。そして自己新記録を出したことにも』

『(2018年シーズンは)ヨーロッパ遠征のブリュッセルGPの後には自己記録を出せなかったけれど、(2016年に)故障をして、(2017年に)リハビリを終えて、自己記録が出なかったシーズン(=2017年)を挟んで、久しぶりに良い記録で走れたことは、自分に力がついていることを確認できた。そして今年のドーハ世界選手権や2020年東京オリンピックを目標にする準備ができたシーズンになったと思う』