【LRCJオリジナルインタビュー記事】2017年NZ選手権1500m王者エリック・スピークマン 〜 NZサブ4マイラー

※以下は、ニュージーランド・ウェリントン在住の谷本啓剛氏(ランニングガイド・RunZ:ラン・ニュージーランド代表)によるレポートで、レッツランジャパン(LetsRun.com Japan=LRCJ)オリジナルコンテンツのインタビュー記事です。

エリック・スピークマン

~NZ1500mランナー・サブ4マイラー~

今回はニュージーランドの1500m選手、エリック・スピークマン選手を紹介します。エリックは1500m3分37秒、1マイル3分57秒の自己記録を持つ選手です。国際大会で活躍する学年が1つか2つ上のトップランナー(ジェイク・ロバートソン、ゼーン・ロバートソン、ハーミッシュ・カールソンジュリアン・マシューズ)と競い合いそのキャリアを伸ばしてきました。エリックの競技キャリアを振り返った時、エリックの走ることに対する強い思いを知ることができます。

他の選手たちと最も違うところは、彼が出場した試合数が極端に少ないということです。多くの選手が順調にキャリアを重ねるなかで、(トレーニングのボリュームが増える)大学在学時あたりから故障に悩まされますが、エリックが一度レースを走った時の強さは群を抜いており、一瞬に賭ける彼の意志の強さがそのレースぶりに見てとれます。

エリックの競技キャリアから最も強く響くのは“希望”そして“自信”。その言葉にすべてが詰まっているように感じます。

 

エリック・スピークマン:IAAF選手名鑑

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出典:エリック・スピークマンFacebookより

出身: ニュージーランド・ネイピア

生年月日: 1990 / 8 / 29

自己記録: 1500m 3:37:44  / 1マイル 3:57:30 / 3000m 7:58:85 / 5000m 13:55:38

大学: Stony Brook University(アメリカ・ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校)

クラブ: ネイピア・ハリアーズ(Napier Harrier Club

コーチ: Steve Willis(スティーブ・ウィリス:参考記事

 

【競技歴 :1500m】

2008年(高校)/ 3:58:36

2009年(高校)/ 3:52:92

2010年(NZ)/ 3:51:42  ※アメリカの大学留学にむけての準備期間

2011年(大学)故障の影響で記録なし

2012年(大学)/ 3:42:94

2013年(大学)故障の影響で記録なし

2014年(大学)故障の影響で記録なし

2015年(US・NZ)/ 3:44:64  ※大学卒業後、アメリカとニュージーランドを拠点にする

2016年(NZ)/ 3:37:44  ※ニュージーランドを拠点とする

2017年(NZ)/ 3:49:90  ※故障の影響

2018年(NZ)故障によるリハビリ期間

週末のクロスカントリー

エリックがランニングを始めたきっかけは、彼の父親がネイピア・ハリアーズに所属していて「自分も走っている父親の姿を見ていたからだ」と話す。彼が幼かった頃は父親がレースに行くたびに、いつも両親に「今日のレースに出でいい?」と尋ねていた。

エリックの両親は、エリックにレースをさせるのはまだ早いと思っていたので、彼が7歳になるまではレースに参加することはできなかった。

時が経ち、エリックが7歳の時に、両親が「初めてレースに参加していい」と言ったので、冬はクロスカントリーのレースに出るようになった。

「陸上競技に取り組んでいる他の選手と比べ、非常に早いキャリアのスタートだったと思う。でも、ネイピア・ハリアーズに所属していたが、陸上競技はその時全く行わなかった。そして練習といったものも特に行わなかった。水曜日の父親のワークアウトのアップで10分くらい一緒に走ることはあったけれど。夏のシーズンは走ることはなく、主に行っていたスポーツはソフトボールだった」

「一度クリケットにチャレンジしたシーズンがあったけれど、ソフトボールの方が自分に合っていたから、結局はソフトボールに戻ってきたよ。夏はソフトボールを練習して、冬はサッカーの練習と試合に参加することが中心だった。ランニングは週末に父親についていってクロスカントリーのレースを走るだけだった」

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「子供の頃から気に入っているレースは、ネイピアの地元で行われるクイーンズバースデイ・ロードレースという大会。丘の下からスタートして、丘を登って帰ってくる1周4.5㎞のレース。ジュニアは1周でシニアは2周で競うレース。前を追っていくハンディキャップレースはいつも面白い。そして兄を追って最後のスプリントまで楽しんで走っていたこのレースは自分の競技のスタートでもある」

幼少期のトレーニングは彼が18歳まで冬シーズンにメインスポーツとして行っていたサッカーが、エリックのランニングの能力を高めるトレーニングになっていたと話す。

「※ KIWIキッズが学校の休み時間は外で走り回っているのは知っているだろ?遊びの中でたくさん走っていたことが、当時は良い練習になっていたよ」

ランニングを始めた当時を振り返り、エリックは楽しそうに話す。

(※)KIWI:キウィ = ニュージーランドの○○

エリックは14歳 ~ 15歳の時にコーチをつけて陸上競技のトレーニングを始める。ニック・カウ、当時のネイピア地区のコーチで、ローア・ネーグルや他のナショナルジュニアチャンピオン、そしてエリックらをコーチングしていた。彼はジュニア専門のコーチで、シニアのコーチングスキルは持っていなかったが、良いトレーニンググループをネイピア地区で形成できていた。

競技への情熱

「自分たちの世代では、やはりニックのレースはいつもジュニアアスリートに刺激を与えていたよ」

エリックがランニングを競技として開始した直後の2006年にメルボルンでコモンウェールズゲーム(英連邦大会)が行われた。まだ国際大会にデビューしたばかりであったニック・ウィリスは、最後の1周からの早めのスパートで強豪のケニアやヨーロッパの選手、そして地元オーストラリアのスター選手であるクレイグ・モットラムを抑え、そのまま逃げ切って優勝した(動画)。

ジュニア期のエリックにとって、そのシーンは忘れられないものとなるとともに、自分自身のこれからのランニングに対する情熱を大きく膨らませるきっかけとなった。そしてニックは常に1500mという種目でキャリアを重ねていることはエリックの1500mに対する思いをより強くする。

ニックの活躍から刺激を受けて、高校在学時に少しずつ力をつけ、高校最後の年には1500mで3分58秒という当時の自己記録を、シーズン終盤の3月に3分53秒と大きく伸ばすことができた。

「当時は3分53秒の記録でとても嬉しかった。いまニュージーランドにはジュニア世代のトップで3分44秒・3分46秒・3分47秒といった選手がいる。当時、3分53秒で喜んでいたけれども、それより速い選手が今のジュニアにたくさんいることは本当に驚きであるとともに、これからの彼らの活躍が楽しみだ」

エリックが高校生だった当時も、多くの選手がエリックの前を走っていた。しかしエリックの気持ちは常に前を向いていた。高校卒業後も大学に進学するまでニュージーランドで競技を続け、さらに翌年には3分53秒から3分51秒まで記録を短縮することができた。そしてアメリカの大学へ進学する。

エリックは高校生の時から“強く自分を信じること”そしてそれに伴った“自立心”を持っていたことが、その後の競技キャリアに大きく影響したのだと、彼の競技キャリアについてうかがうなかで知ることができた。

大学進学

大学進学の前にエリックはニュージーランドで競技を行いつつ、大学に入学する準備を進めていた。大学に進学して陸上競技を行うにあたって、それぞれの大学のトレーニング環境をよく調べなければいけないと考えていたからである。

エリックはまず陸上競技に長けている大学を自分なりに考えて、それらの大学にメールを送ったり、電話で話したりして情報を集めた。また連絡の取れた大学のコーチと話す機会を作り、どのような環境でどのようなトレーニングを行っているかということを直接電話で聞いたり討論したりした。

さらにすでにアメリカの大学で競技を行っていたニュージーランドの選手たちに、練習の状況や適切な種目のトレーニングになっているか、良いトレーニンググループで練習できているか、といったことをよく調べた。

最終的にはニュージーランドから選手が何名か在籍しており、更にニックの練習拠点にしているミシガン大学にも近いニューヨークにある大学を選択する(ミシガン大学とニューヨークは実際に約1000㎞離れているがアメリカの広大な国土の中では隣り合った州である)。

エリックは大学入学までに可能な限りの準備をして、大学生活で順調なキャリア形成を計画したが、最初の1年目は故障に悩まされることになる。最初の1年を早々に失ってしまったが、レースに戻ってきた次の年に自己記録は3分51秒から3分42秒に大きく飛躍する。

次の目標とレースに向かって多くの希望を持っていたが3年目そして4年目も故障をしてしまい、次のレースに戻るまでには2年間の期間を費やすこととなる。そして、エリックが満足のいく競技生活を送れないまま大学生活はほぼ終わりを迎えていた。

2年という長い期間を空けて戻ってきたレースでは、大きな飛躍はなく3分44秒と、エリックにとっては平凡な記録となってしまう。そして、ニュージーランドの故郷ネイピアに戻る選択をする。エリックは当時を振り返ってこのように話す。

「もし大学1年目の故障と翌年のジャンプアップを自分のトレーニング計画でうまくコントロールできていたならば、その後の2年間の空白や3分44秒にとどまるような年はなかったと思う。故障とジャンプアップがあっても(競技レベルに伴った強い負荷・多い練習量を求めるのではなく)常に一定のステップアップを練習計画で取ることが大切だったと思う。競技力の向上とともに、体力面の向上を確実に行っていくバランスが必要であったが、当時は競技力の向上に対し適切な体力強化のトレーニングが行われていなかった」

エリックは故障や失敗で長い期間を失ってしまう。当時や現在でも“後悔”というものはあるのかもしれない。しかしそれ以上にエリックに内在していることは“失敗”を経験としてよく分析して次のステップアップに繋げられること。そして分析力と共に、途切れることのない次のレースに向けての情熱が心の中にあることが、数年の感覚を空けても強い姿でトラックに帰ってくることを体現している。

ニュージーランドでの再びの飛躍

2015年、この年からスティーブ・ウィリス(NZナショナルチーム中長距離コーチ)のコーチングを受けはじめ、エリックは大きなストライド、力強いランニングでニュージーランドのトラックに戻ってくる。そして翌年の2016年。エリックの家族、クラブの仲間、ニュージーランドの中距離のライバル、そして何よりもエリック自身が信じていた自分自身のランニングが再び輝きを見せる。

【動画:ワンガヌイで記録した1マイル3分57秒】※700m〜4番手を走って最後は3着でフィニッシュ

ワンガヌイという場所はニュージーランドの中距離ランナーにとっては特別な場所である。

およそ50年前、※ ピーター・スネルがここで1マイル4分の壁を破ってから、多くのKIWIランナーが1マイルでのサブ4を達成してきた。ここはKIWIランナーの中距離の歴史が刻まれた場所である。そこでエリック自身初のでサブ4を達成できたことはとても感慨深いものがある。

(※)ニュージーランドの伝説的な中距離選手。1960、1964年オリンピックを800mで連覇、1964年東京オリンピックでは1500mとの2冠を達成

この日は、エリックの両親もネイピアから応援に駆け付けていた。エリックは高校卒業後にアメリカに5年ほどいたので、両親にとってはエリックのレースを見る久しぶりの機会となった。エリックのアメリカでの走りは思うように走れていないことが多く、様々な意味で期待のこもったレースであったが、その期待を大きく上回る走りをエリックはみせた。

“1マイル4分の壁” これはすべての中距離ランナーにとっての1つの目標であり、越えるべき壁である。そしてワンガヌイという場所ではすべてのランナー・観衆がピーター・スネルの記憶と共にそのレースを見守っている。

ピーター・スネルという伝説的ランナーではなく、エリックが子供の頃に憧れたニックを先頭にレースに挑めることはエリックにとって何よりも大きなモチベーションとなった。そして学年が上でいつも身近な目標であったハーミッシュ、ジュリアンを追いかけるレース展開である。

そのおよそ4分間はエリックの精神的な部分での環境はすべてが完璧だったといえる。

ニックが4分を丁度切るようなペースで先頭を引っ張り、集団は周回を重ねるごとに少しずつ小さくなる。このレースでは先頭集団に居続ければタイムは必ず出せるという確信は持っていた。エリックの意識は“前についていくこと“その一点に集中していた。多くのニュージーランドのランナーがパワーで走るフォームを持っている。しかしエリックのランニングフォームは羽のように軽く、空中を飛ぶように駆け抜ける。軽く速く進んでいく選手は“上下に跳ねる”動きが見られがちであるが、エリックはほとんど地面と頭が同じ高さを保ちながら一切の無駄なく進んでいく。「リラックスした動きで…」そのことだけをニックがつくるペースの中で意識していた。

ラスト1周の鐘と共にニックがペースを上げる。ハーミッシュも先頭を追いかけペースを上げていく。そしてジュリアンはやや疲れているように見えた。エリックはこの時、タイマーで“60秒以内で回ること“で4分が切れることを確認する。力強く加速するハーミッシュとは対照的に、リラックスしたフォームでエリックは前の2人を追いかける。対照的なランニングフォームであったが、スピードは変わらずゴールへ向けて加速していく。最後の直線でハーミッシュに先着されるが、フィニッシュは4分の壁を2秒以上も上回るものとなった。ニックの3分55秒を先頭にハーミッシュの3分56秒、そしてエリックの3分57秒と続いた。

この時1500mで3分40秒のタイムはクリアできていなかったが、ニュージーランドの伝統的な種目で自分自身の競技歴だけでなくニュージーランドの中距離の歴史に新しい足跡を残したのである。

そしてこの年、3分42秒だった1500mでの自己記録も3分37秒へ大きく更新されることになる。この自己記録もまた、ニック、ハーミッシュ、ジュリアンを追いかけて記録したものだった。

故障によって多くのレースをできなかった選手にとって、“再びレースに出る”ことで心躍るということは、長い休養を要する故障を経験した選手であれば必ず理解できる気持ちである。エリックのランニングは空を駆けるようにみえるが、レースを走る時のエリックの心は本当に空を走っているのかもしれない。

基本的なトレーニング

【週間トレーニングサイクル】

  • 135㎞ / 週
    • 理想は140㎞(90マイル)程度を基本にしたいが、故障歴を鑑み現在の状況となっている。現在は手術とリハビリから回復したばかりなので、40マイル程度から初めて50マイル・60マイル・50マイル・65マイル…と少しずつ以前の量まで戻していく予定だが、最終的に以前の量が適切かどうかは今のところはわからない。

月曜日:休養

火曜日:午前イージーラン・午後イージーラン + 100m・ハードルドリル

水曜日:ワークアウト(ポイント練)

木曜日:午前イージーラン・午後イージーラン

金曜日:午前イージーラン・午後イージーラン

土曜日:ワークアウト(ポイント練)

日曜日:ロングラン

※ 週2回のジムトレーニング(アキレスローディング、基礎体力、ドリル)

※ イージーランは非常にリラックスしたペース

 

【トレーニングのポイント】

  • 無酸素よりも有酸素トレーニングを重視
    • ランナーのタイプとして、800mよりも5000mの能力が高い1500m選手

【好きなトレーニング】

  • 基本的なワークアウト(スピードトレーニング)
    • 特にミシガン・テンポ + ショートレップスなどのロングワークアウトが気に入っている

【好きなコース】

  • ネイピアのトゥキトゥキヴァレー
    • しかしロングランはロードでもトレイルでも気分のままにどこでも走る

 

 

【ジュニア期:14歳から15歳の時にトレーニングを始めた時】

週間走行距離 50㎞ / 週

月曜日:ヒルトレーニング

火曜日:テンポ走(クラブでのトレーニング)

水曜日:イージーラン

木曜日:スピード練習(芝生トラック)

金曜日:休養 ※ジムトレーニング

土曜日:レース

日曜日:ロングラン

  • 各週でサッカーの大会。サッカーの試合とレースの両方を行う週もある。

18歳頃には90㎞~100㎞ / 週であった。最も練習をした週で120㎞というものがあったが基本的には100㎞以下であった。

 

【大学時】

火曜日:ワークアウト

金曜日:ワークアウト

土曜日:レース(レースの場合は金曜日のワークアウトは行わない)

日曜日:ロングラン

  • ジムワークは行わなかった。コーチがジムワークを特に好まなかったため
  • 月曜日・水曜日・木曜日はグループで軽いランニングや流しを行う

 

これまでに3つの流れのトレーニング計画サイクルを経験したが、基本的には週に2回のワークアウト・1回のロングランという内容が入っているものである。ジュニア期に練習を特に意識して変えたことはないという。というのも、ジュニア期には各能力が大きく成長していく(これはランニングのみに限らず)。そのため自然な成長と適度なトレーニングが合わさって競技力は自然に伸びていった。

「トレーニングというものを変える必要はない。必要なことはトレーニングの内容を少しずつレベルアップさせていくこと。能力が開発されてきたならば、その能力を開発するために今までのトレーニングを少し引き上げてやればいい。簡単な例でいうと、ジュニア期には軽いランニングのペースは5分/㎞が今は4分/㎞に変わった。これは有酸素の能力が上がれば疾走タイムも上がることに比例して自然な流れであった。ほとんどの能力は開発段階に応じて、内容の中で変化があるが結果的に開発しようとしているトレーニングと能力は同じ。体が慣れてきたら少し刺激を与えてあげるだけ」

「レースに関しては、ジュニア期やそれ以前は、できる限り多く出ていた。何より楽しかったからね。しかしそのころは毎週の楽しみという感じで、特にレースのパフォーマンスについては気にしていなかった。最も変わったことといえば、今はピークを作るために年間やそれ以上の計画を立てるということ。ワークアウトを行う曜日は変わったけれども、週間のトレーニングで見れば特に変わったことは今までない」

「2015~2016年は、コーチのスティーブがネイピアに練習を見に来たりした。お互いに、ただ練習計画について話し合っていくだけではうまくいかないという認識がある。そして練習はコーチに報告するよりも、コーチが練習を見て調整し、討論していく方がうまくいくと考えている。2017年にウェリントンに引っ越してきて、いまは近くで練習を共にできる。これから少しずつステップアップしていく状況ができていたと思う」

エリックは故障により長い間走れない状態が続いているが、彼が話す言葉とトレーニングの見据える先には大きな希望とそれが可能であるという自信が感じられる。エリックにニュージーランド人のランニングの強さのポイントを伺ったところ次のような答えが返ってきた。

KIWIランナーの強さのポイント

  • メンタルコントロール

「KIWIはレースでの気持ちの切り替えがうまくできるところが、1つの強みであると思う。例えばレースに行く電車が遅れて、計画した時間通りに物事が進まない時多くの選手・コーチはレースを前に焦ってしまうことが多い。ニュージーランド人は良くも悪くもいつもリラックスしている。もし電車が遅れても、道が混んでいてもレースの前に体力を消費してしまうようなことはしない。考え過ぎたり、心配したりすることはレースの前には必要のないことだ。コーチは心配するかもしれない。それはコーチの仕事だからね」

「しかし、選手の仕事は、そのレースでベストなパフォーマンスを発揮することだ。レースの前までに計画されたことを予定通りにすることではない。そこまでに多くの変更点があっても、そのことに対して悩むことはない。レースに入ればスイッチが入る。すべてはそのレースでの走りに気持ちを集中させることができる。この集中させる能力が、いつも以上の能力をレースで発揮することに繋がっている」

  • 自分に期待する

「トレーニングを他人と比べない。自分のトレーニングを自分がどれだけできたのか」

“この選手のこの練習はすごい。このタイムのためにはこれだけできないといけない”

「こんなことは考えない。自分のトレーニングを自分が思うようにこなせていけば結果はついてくる。練習の結果で別の選手に勝つ必要はない。自分の方が練習はあまりしていないかもしれない。練習を比較されたときに劣っていて“負け犬”になっても構わない。しかし、自分にとって練習はレースで最高の状態になるように準備しているだけである。そこまでの過程を比べる必要な全くない。自分自身のトレーニングにおける練習中・期間・レースで自分の成功を信じる続けること、それによって自信を深めることこそが最も大切なことである」

(リオオリンピックの標準記録を目指しての挑戦。ニック、ハーミッシュ、ジュリアンと共に)

オリンピックに向けて

「今、目指すものはオリンピックに参加できるレベル、自分の感覚としては3分34秒から35秒といった記録を狙っている。これからも1500mを中心にレースを行っていきたい。また1マイルでもいいレースをしたい。しかし1500mがあまり速くならなくなったら、将来的には5000mに種目の距離を伸ばしたいと考えている。5000mにいつ移行するかはわからない。ニックを見てもらえばわかるように記録は30歳を過ぎても伸び続けていくかもしれない、世界大会でいいレースを行えることも可能である。ただ選手1人1人にとっての種目の移行時期というものはあると思うがそれがいつであるかは予期できるものではなく、その時が来るまで誰にもわからない」

「自分自身では5000mというレースは自分のレーススタイルや体のタイプに合っていると思う。5000mに移行してもいいと思うが5000mの練習をできるほどの体力レベルに回復していない。ロングインターバルを行うには、今は故障の不安が大きくある」

「レース以前に現状では、まず今までのトレーニングをできる状態に戻すこと。トラックに戻って、スパイクを履いて、全力で走れるようになること。この状態に戻って初めて次の目標を目指せるようになる。特に来年は世界選手権がある。まずは国内シーズンでレースができる状態にすることが目標になるだろう。2020年には東京オリンピックがある。レースができる準備をしてオリンピックをもう一度目指してトレーニングができればと思っている。もうそんなに若くないから、東京オリンピックの後で次の目標ができるかどうかはまだわからないけれど、自分の競技力がもっと上がりそうであれば、その先も目指していきたい。何より走ることは楽しいからね」

「走ることは大好きだ。去年は手術を受けたことで全く走ることができなかった。最近ついに走れるようになった。これは本当に嬉しいことだ。そして今まで走れなかったからこそ、走ることを心から楽しめる。今までも同じだった。故障で1年間、2年間走れない。そして戻ってきたときの高揚感は言葉にできない。こうした気持ちでランニングを再開できることが本当に嬉しい。トレーニングを継続しているランナーにとって、“今日の練習はあまり行きたくない”という日は誰もが必ずあるように思う。逆に故障やハードトレーニングでも伸び悩むなどネガティブなことが続くと選手の気持ちは次第にランニングから離れていく」

「自分にとってのランニングは、そういったネガティブな気持ちがほとんどなく、走れるとき(故障などがない時)はいつも自然にランニングに向かっている。このランニングシューズを履いて外を走れる高揚感は、自分自身が心からランニングを楽しみにしているということを教えてくれている。手術とリハビリが終わりようやく走れるようになった日、外はひどい雨と風の日だった。しかし走れることに喜びを感じ、大きな笑顔で外を走っていた時に、走ることが楽しい!と心躍る瞬間を実感したばかりだ」

エリックの現状やキャリアは“順調”という言葉からはかけ離れているものかもしれない。しかし、その長い計画の中でもエリックのランニングへの気持ちは常に前を向いている。そして将来に希望を持ち、常に自信をもって一歩一歩を踏みしめている。ジュニアの時にニックの走りに憧れ、アメリカに留学し、ニュージーランドに戻ってきてからも変わらない希望と自信を持ち続けられることがエリック・スピークマンのランナーとしての強さの基盤であると筆者は考える。

 

現在エリックは大学に通いながら、教員免許の取得を目指している。エリックは世界のトップレベルで争うランニングレベルでなくなったら、ニュージーランドで次の世代の子供たちを見守っていく仕事に就くことになるだろう。

ジュニアの頃からの憧れであったニック・ウィリスとともに走って、4分の壁を突破したように、エリックを憧れた子供たちがエリックを目指して記録に挑んでいく日もそう遠くない未来であると思う。

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出典:エリック・スピークマンFacebookより(2017年NZ選手権1500m優勝)

しかし、今はまだエリックの挑戦は終わっていない。手術とリハビリを終えてランニングシューズを履いて外で走れるようになったエリックは、スタートラインから一歩踏み出した段階といえる。ゴールまでの道のりにどんなレースの展開があるのか、フィニッシュタイマーはどんな記録を刻むのか、フィニッシュラインを駆け抜けたその先に何を手にするのか、まだわからない。しかしエリックが残す一歩一歩の足跡にはランニングができる喜びと、ゴールへの希望、そして自信に満ち溢れている。

 

【筆者プロフィール:谷本啓剛】

ニュージーランド・ウェリントン在住

ランニングガイド・RunZ(ラン・ニュージーランド)代表、酒井根走遊会主宰

【RunZ(ラン・ニュージーランド)】https://runnewzealand.wordpress.com/

【酒井根走遊会(オンライン陸上部・駅伝部)】https://blogs.yahoo.co.jp/sakaine_soyukai

 

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