数字で見るエリウド・キプチョゲの快挙、偉大なるグラディス・チェロノ、長距離に転向するシファン・ハッサン

エリウド・キプチョゲ、ネガティブスプリットという台本通りの走りで世界記録を更新

Kipchoge_Eluid20139-Berlin181-400x267

エリウド・キプチョゲの2:01:39という走りは今後長い間語り継がれ、キプチョゲ自身がこの記録を更新しない限りは、この先当分破られることのない記録であろう。

男子マラソンの前世界記録から78秒も縮めたことになるが、この51年間の男子マラソンにおいて、これほど大幅に世界記録が縮まったことはこれまでになかった。時間が経てば経つほど、記録というものは破るのは難しくなるものだが、エリウドは見事世界記録を、しかも大幅に更新した。

昨年モンツァで行われたBreaking2で2:00:25の記録を出した後、多くの専門家がキプチョゲには2:02を切る力があるだろうと予測していた。しかし、実際にそれを目の当たりにし、しかも25km以降ペーサーがいない状態での偉業は、ただただ美しかった。後半を60:33の記録で1人で走り切ったキプチョゲを見ると、Breaking2が実際のレースで完璧に再現されたといえるだろう。

多くの長距離の世界記録と同じように、キプチョゲの世界記録は“ネガティブスプリット”によって達成された。過去10つのマラソン世界記録のうち、7つの記録はネガティブスプリットで出されたものだった。8つはベルリンマラソンで出されている。マラソンで自己記録を出したいのなら、シンプルなアドバイスがある。

ベルリンマラソンをネガティブスプリットで走ることである。

【この10回の男子マラソン世界記録の前後半のハーフのラップタイムの差】
(カッコでの記載がないものは全てベルリンマラソン)
2:06:05 –    ロナルド・ダ・コスタ – 64:42 / 61:23 – 後半が前半よりも5.13%速い
2:05:42 –            ハリド・ハヌーシ – 63:05 / 62:37 – 後半が前半よりも0.74%速い(シカゴマラソン)
2:05:38 –            ハリド・ハヌーシ – 62:46 / 62:52 – 後半が前半よりも0.15%遅い(ロンドンマラソン)
2:04:55 –             ポール・テルガト – 63:04 / 61:51 – 後半が前半よりも1.90%速い
2:04:26 – ハイレ・ゲブレセラシエ – 62:29 / 61:57 – 後半が前半よりも0.85%速い
2:03:59 – ハイレ・ゲブレセラシエ – 62:05 / 61:54 – 後半が前半よりも0.30%速い
2:03:38 –        パトリック・マカウ – 61:44 / 62:04 – 後半が前半よりも0.54%遅い
2:03:23 – ウィルソン・キプサング – 61:34 / 61:49 – 後半が前半よりも0.41%遅い
2:02:57 –             デニス・キメット – 61:45 / 61:12 – 後半が前半よりも0.89%速い
2:01:39 –     エリウド・キプチョゲ – 61:06 / 60:33 – 後半が前半よりも0.90%速い

エリウド・キプチョゲのスプリットの中身

マラソンの通過記録といえば、ショーン・ハートネット、またの名を“マラソン教授”として知られる彼に話を聞いた。今回のベルリンマラソンで1kmごとにスプリットを計測したかどうか、そして今回またもキプチョゲにゴール予想記録を表示した電光掲示のタイマーがあったのかどうかを聞いてみた。

すると、キプチョゲはそれ以上の情報を知りながらレースを走っていたことがわかった。最初の2kmは200mごとのスプリットタイムを、以降は500mごとに記録が計測され、キプチョゲに対して500mごとアップデートされたゴール予想記録が、電光掲示のタイマーで表示されていた。以下が、ハートネットがメールで回答してくれた文面である。

sean-eliud-hw-bm-2018-display-400x298
ショーン・ハートネット(左)とヘルムト・ウィンター(右)

「取り急ぎ ロバートへ。この後授業もあって、ここ数日は忙しい日々を過ごしている。
ヘルムト(ウィンター)と私はペース表示システム運用のためにレース当日にベルリンにいた。私はエリウドと並走するTV中継車に乗っていて、ヘルムトは女子の先頭集団についていた。実は他のタイマーもあって、それは第2集団と第3集団のバイクに取り付けられていた」

「エリウドに関しては、ヘルムトが最初の2kmは200mのスプリット表示をしていた。私が乗っていたTV中継車は大きくてスタート地点に入れなかったので、2km過ぎにヘルムトらをピックアップした。2kmから30kmは、500mごとのペースを表示した。ビデオフィードでその表示が見れると思う」

「kmのデータも使えるが、500mを精査していないので、誤差が出てくるかもしれない。ハロルド・ミカと一緒にkmデータも確認した。唯一の問題は40km。計測マットがスプリットラインの10〜15m先にあったので私の記録はミカのものより1秒ほど速かった。ヘルムトは2秒か3秒と考えている」

「エリウドとレース後に写真を撮った時に彼は、“教授は私の時計だね”と言ったから、“私は腕時計じゃないからキミの腕にはつけられないんだけどね(笑)”というジョークで返したよ」

以下がハートネットが計測した、キプチョゲのラップ / スプリット / 通過地点ごとのゴール予想記録の詳細である。これによると、1番遅いペースは14km地点で、ここでのゴール予想記録は2:02:47だった。最初の5kmを除いて、キプチョゲのゴール予想記録は2:01:39より速くなることはなかった。つまり、美しいぐらいのネガティブスプリットだったということである。

41991576_10156084479143495_6771949517710295040_n
“マラソン教授”ショーン・ハートネットによるベルリンマラソンでのキプチョゲのラップ / スプリット / 通過地点ごとのゴール予想記録

ダウンロード(PDF, 489KB)

数字で見るエリウド・キプチョゲ

Boit-Kipchoge-Berlin18-400x267
54分の時点でペーサーは1人しかいなかった

“9” – エリウド・キプチョゲが現在連勝しているマラソンの回数(自身2度目のマラソンで唯一負けている。ウィルソン・キプサングが世界記録を出した2013年ベルリンマラソン)。この9勝のうち、8勝はメジャーマラソンでの勝利で、2:05:00より遅かった勝利は1回のみ(2:08:44で優勝した2016年リオオリンピック)。

“3” – 公認大会のハーフマラソンで60:33を切ったことのあるアメリカ人選手の数。非公認大会も含めると、6人のアメリカ人選手がハーフマラソンで60:33より速い記録を持つ。

(※1 ベルリンマラソンの後半がハーフマラソンの大会だと仮定すると、その記録も公認記録となる。前半をウォームアップがてらに61:06で走ってからの、後半60:33である)

(※2 日本人選手は4人がハーフマラソンで60:33より速い記録を持つ)

“1” – ベルリンマラソンのレース終盤、エリウド・キプチョゲから1マイル以内の距離にいた選手の数。

(※ つまりは“圧勝”だったということ。3位以下に1マイル以上の差をつけた)

エリウド・キプチョゲはマラソン界のウサイン・ボルトである

ベルリンマラソンのレビューで、キプチョゲの2:01:39を他のマラソン選手と比較するのは適切でないので、彼をウサイン・ボルトと比較した。ここでもう少し深くボルトとの比較をしてみたい。

 

1.1% – エリウド・キプチョゲが更新した世界記録更新の割合(正確には1.068%)

(※)前世界記録:2:02:57=7,377秒、世界記録:2:01:39=7,299秒
7377/7299 =1.01068…. = 101.068%、よって改善率は1.068%、小数第2位で切り上げると1.1%

 

1.2% – ウサイン・ボルトが更新した100mと200mの世界記録更新の割合の平均。(※1)100mは1.67%(※2)200mは0.68%。その平均が1.2%(正確には1.175%)となる。

(※1)2007年当時の100m世界記録:9.74、現在の世界記録:9.58(ボルトが9.72→9.68→9.58と更新:参考
9.74/9.58 =1.01670…. = 101.67%、よって改善率は1.67%)

(※2)200m前世界記録:19.32、世界記録:19.19
19.32/19.19 =1.00677…. = 100.677%、よって改善率は小数第3位で切り上げて0.68%)

キプチョゲの陰に隠れたグラディス・チェロノの偉大さ

Aga-Cherono-DibabaA-Berlin18-400x267
グラディス・チェロノ 2:18:11, ルティ・アガ 2:18:34, ティルネッシュ・ディババ 2:18:55

キプチョゲが世界新記録を達成したことによって、ベルリンマラソンの女子レースで素晴らしいレースが展開されたことに気づいていない人もいるだろう。女子マラソンの歴史上で初めて、1レースで3人の選手がサブ2:19で走った。

優勝はケニアの35歳、グラディス・チェロノで2:18:11(世界歴代4位)の自己新でベルリンマラソンを※ 2連覇。野口みずきが持つ大会記録を13年ぶりに1分01秒更新した。

(※ チェロノは2015年にもベルリンを制しているのでキプチョゲと同じくベルリン3勝目)

エチオピアの24歳、ルティ・アガが2:18:34で2位に入り、彼女の最近の3回のマラソンで全て2位に入った(2017年ベルリン2:20:41、2018年東京2:21:19)。3位にはティルネッシュ・ディババが2:18:55で入った。

35歳のチェロノは2015年までマラソンを走っていなかったが、2014年の世界ハーフマラソン選手権で金メダルを獲得し、ロード適性の高さをみせていた。今回の快走はキプチョゲの影に隠れ(昨年もキプチョゲの話題にさらわれていった)、これまででスポットライトを浴びてこなかったが、今ではポーラ・ラドクリフに次いで世界で2人目の女子マラソンサブ2:20:30を4回達成したことのある選手となった。

【女子マラソン:サブ2:20:30ランキング】
4回 – ポーラ・ラドクリフ(2:15:25, 2:17:18, 2:17:42, 2:18:56)
4回 – グラディス・チェロノ(2:18:11, 2:19:25, 2:20:03, 2:20:23)
3回 – メアリー・ケイタニー(2:17:01, 2:18:37, 2:19:19)
3回 – ティルネッシュ・ディババ(2:17:56, 2:18:31, 2:18:55)
3回 – キャサリン・ヌデレバ(2:18:47, 2:19:26, 2:19:55)

これは信じがたいかもしれないが、世界記録更新に幾度と挑戦し続けているメアリー・ケイタニーはこれまで3回しかサブ2:20:30を達成していない。 他にサブ2:20:30(+サブ2:20:00)を3回達成しているのは、ティルネッシュ・ディババキャサリン・ヌデレバだけである。

【女子マラソン:サブ2:20:00ランキング】
4回 – ポーラ・ラドクリフ(2:15:25, 2:17:18, 2:17:42, 2:18:56)
3回 – メアリー・ケイタニー(2:17:01, 2:18:37, 2:19:19)
3回 – ティルネッシュ・ディババ(2:17:56, 2:18:31, 2:18:55)
3回 – キャサリン・ヌデレバ(2:18:47, 2:19:26, 2:19:55)

【女子マラソン:サブ2:19:00ランキング】
4回 – ポーラ・ラドクリフ(2:15:25, 2:17:18, 2:17:42, 2:18:56)
3回 – ティルネッシュ・ディババ(2:17:56, 2:18:31, 2:18:55)
2回 – メアリー・ケイタニー(2:17:01, 2:18:37)

【女子マラソン:サブ2:18:00ランキング】
3回 – ポーラ・ラドクリフ(2:15:25, 2:17:18, 2:17:42)
1回 – メアリー・ケイタニー(2:17:01)
1回 – ティルネッシュ・ディババ(2:17:56)

ハーフマラソンでの好記録 / シファン・ハッサンの1500mのキャリアは終わりを告げるか?

キプチョゲはその走りのほとんどをペーサーに委ねず、自らの走りで世界新記録を手に入れたが、ペーサー任せでなく好記録を掴んだ選手は先週の他のレースにも存在した。

アメリカのロックンロール・フィラデルフィアハーフマラソンで、優勝したエチオピアのシュラ・キタタは2位のパーカー・スティンソン(63:01)に、3分44秒差をつける59:17で圧勝。今年のロンドンマラソンで2:04:49の2位に入った22歳のキタタの、今回レースでのペーサー無しでの独走は、11月のニューヨークシティマラソンで連覇を狙うジョフリー・カムウォロルのライバルになることを予感させる走りであった。

そのキタタの独走も印象的であったが、先週のハーフマラソンのでの話題の大半は、男女ともに世界記録に挑戦したレース:コペンハーゲンハーフマラソンに関するものだった。男女どちらも世界記録更新とはならなかったが、59:06の記録で優勝した21歳のダニエル・キプチュンバを筆頭に、男子は8人がサブ60:00で走った。ケニアのキプチュンバは今回を含めて2回しかハーフを走っていないが、そのどちらも59:06で走り、ハーフでの適正の高さをみせた。

また、8月31日にブリュッセルDLで5000mを12:46で走った21歳のヨミフ・ケジェルチャが、ハーフマラソンのデビュー戦を59:17で走ったことも注目に値する。結果的にみて、2019年にケジェルチャが10000mでデビューを飾らなければ、私たちは驚いてしまうだろう。

Hassan_Sifan15FL-WorInd18-400x267
シファン・ハッサン(オランダ代表・世界室内選手権にて)

コペンハーゲンでの女子レースでは、ハーフマラソンデビュー戦にも関わらず65:15(世界歴代8位、欧州新記録)で優勝したナイキオレゴンプロジェクトのシファン・ハッサンを筆頭に8人がサブ68:00で走った。

その勝利で、ハッサンの1500mのキャリアは終わりを告げたのかもしれない。レース前にコーチのアルベルト・サラザールは、“ハッサンはこれから5000mと10000mの選手になるべきだと考えている”と話していた。

ハッサンは私たちにモー・ファラーの女性バージョンであるかのようにみえる。ファラーのように、ハッサンは1500mでかなり速い選手であるが、彼女は今では純粋な1500mの選手ではないので、しばしば1500mのレースの機会を失っている。

男子1500mで世界歴代11位にランクインしているファラーは、5000mや10000mやハーフのラストで、その持久力に加えてラストのスピードを生かしてこれまでに勝利を重ねてきた。ハッサンにとっても今後同じことが当てはまるだろう。

リオオリンピックでのアルマズ・アヤナの10000mの世界新記録のレースのように、今後のハッサンの10000mでの走りを誰がどうやって食い止めることができるだろうか?ハッサンファラーのようにラストのスピードを持っている。ハッサンは女子1500mで世界歴代17位のランクインしているが、※ それよりも上位では中国の8人、ルーマニア、ロシアの選手がランクインしていることから、ファラーよりも実質的には上位にランクインしているといえる。

(※女子1500mの世界歴代上位記録の多くはドーピングによって作られたものであるということを示唆している)

そのようなことを考慮すると、ハッサンはこれまでで最も速い1500mの選手の1人でなければならない。さらに現在ではハーフマラソンにおいても世界歴代8位にランクインしている。その事実は、ハッサンの10000mでの優位性を示しているが、それでも彼女に付け入る隙がないわけでもない。ヘレン・オビリは1500mで3:57.05のスピードを持ってして、今年のDL決勝の5000でハッサンに競り勝って優勝し、昨年のロンドン世界選手権の5000m決勝でも競り勝って、ハッサンを銅メダルにとどめた。

 

レッツラン記事

http://www.letsrun.com/news/2018/09/eliud-kipchoges-world-record-numbers-greatness-glady-cherono-sifan-hassans-1500m-days-may/

関連記事

“史上最強”から“史上最速”に到達 – 2:01:39 – エリウド・キプチョゲが世界新記録でベルリンマラソン2連覇

エリウド・キプチョゲのマラソン世界新記録樹立を影で支えた人物:ガッツポーズを決めるドイツ人の“給水マン”に話を聞いた

2:01:39の記録が持つ意味:ベルリンマラソンでの快挙によってエリウド・キプチョゲが男子マラソンにおいての“世界記録追求の時代”に終止符を打った

 

〈 TOP 〉

広告

数字で見るエリウド・キプチョゲの快挙、偉大なるグラディス・チェロノ、長距離に転向するシファン・ハッサン」への4件のフィードバック

  1. ピンバック: エリウド・キプチョゲのマラソン世界新記録樹立を影で支えた人物:ガッツポーズを決めるドイツ人の“給水マン”に話を聞いた – LetsRun.com Japan

  2. ピンバック: “史上最強”から“史上最速”に到達 – 2:01:39 – エリウド・キプチョゲが世界新記録でベルリンマラソン2連覇 – LetsRun.com Japan

  3. ピンバック: 2:01:39の記録が持つ意味:ベルリンマラソンでの快挙によってエリウド・キプチョゲが男子マラソンにおいての“世界記録追求の時代”に終止符を打った – LetsRun.com Japan

  4. ピンバック: エリウド・キプチョゲが世界記録を狙って再びベルリンへ:カギとなるのは気象条件とライバルの動向 – LetsRun.com Japan

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中