エリウド・キプチョゲのマラソン世界新記録樹立を影で支えた人物:ガッツポーズを決めるドイツ人の“給水マン”に話を聞いた

(※ ベルリンマラソンでは給水を選手自身で取るのではなく、給水ボランティアから受け取る方式を採用している)

エリウド・キプチョゲが2:01:39の世界記録を出した先日のベルリンマラソンを、私も世界中のファンと同様に畏敬の念をもって見ていた。そして今回のベルリンマラソンを見ていて、キプチョゲに給水を渡している男性の非常に熱のこもった姿に、釘付けになった。

その瞬間を初めて見たときは、微笑ましかった。キプチョゲは給水ボトルを取るのに成功し、この給水ボランティアの男性はガッツポーズをしていた。そして彼が2度目の給水も成功させ、3度目も成功させた。3度目の時、私は放送を巻き戻した。この場面はシェアすべき良い場面だと思い、軽い気持ちでツイートした。

次の日確認すると、ツイートしたその動画は100,000回以上も再生されていた。その日の午後のフットボールの試合を自宅のソファで見ている時に、私の携帯は通知音でたくさん鳴った。驚くほど多くの人々が、この動画にポジティブな反応を示してくれていた。

世界中のファンがこの“給水マン”を気に入っていた。彼にはどこか共感するところがあったのだと思う。彼が給水を渡すという小さな仕事に対しても熱意を持って取り組んでいたこと。仕事が上手くいった時に真剣に喜びをあらわにすること。普通の一般人が、この歴史的偉業が達成された瞬間に関われたこと。

給水マンの存在を誇張することはしたくない。ベルリンマラソンでの忘れることのできないあの走りはキプチョゲの功績である。2:01:39という記録は、今後そう簡単には破られない記録だろう。あの給水マンが果たして必要だったかという議論さえあるかもしれない。多くのマラソンレースでは、エリート選手は給水テーブルから※ 自分の給水ボトルを自分で取る。しかし、彼の熱意、そしてネットで彼を見た人々の反応も相まって、私は彼について知りたいと思うようになった。

(※ 今年のロンドンマラソンでファラーの序盤の給水失敗のように、そのスタイルはいつもうまくいくとは限らない

***

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キプチョゲは“給水マン”にレースで使用したゼッケンをサイン入りでプレゼントした

彼の名前はクラウス・ヘニング・シュルケ(Claus-Henning Schulke)。ベルリン出身の52歳でアマチュアのトライアスリートだということが分かった。彼の仕事は、ベルリン王宮が6000万ユーロ(約80億円弱)をかけて行っている復元事業のプロジェクトマネージャーをしている。

1998年のベルリンマラソンからボランティアとして参加しており、今はエリート選手に給水を渡す30人のボランティアのうちの1人である。

月曜日に彼と電話で話した時、彼はまず自分の声が枯れていることを謝った。日曜日のレース中、キプチョゲに向かって叫びすぎたせいで喉を痛めていた。彼との会話を書き出してみた。

(JG:ジョナサン・ガルト = レッツラン・ライター、CHS:クラウス・シュルケ=  給水マン)

JG:1998年にさかのぼりますが、なぜボランティアとしてベルリンマラソンに参加することにしたのですか?

CHS:ベルリンマラソンのマネージャーが同じスイミングクラブにいて、彼がボランティアを探していたんだ。私はトライアスロンをやっていたので、そのスイミングクラブにいたトライアスリートにボランティアをしてくれないかと彼が頼んでいたんだ。私はすぐに手を挙げた。すごくワクワクしたよ。正しい選択をしたと思っている。毎年、このベルリンマラソンというイベントに何か恩返しができるのが楽しくて、イベントの手伝いができるということは素晴らしいことだ。

JG:1番好きな部分はどんなところですか?

CHS:1番大変なのは、選手に正しい給水ボトルを手渡すこと。時には20人もの選手が一気に走ってきて、自分の担当の選手に正しい給水ボトルを渡さなければいけない。

JG:どの選手に給水ボトルを渡すのか、どのように決まるのですか?どうしてエリウドの担当になったのですか?

CHS:私が1番経験があったんだ。昨年、ベルリンマラソンのマネージャーが、エリウドと彼のマネージャーに会うように頼んできた。昨年の自分の仕事が認められて、今年も給水を頼まれた。レース前にエリウドと、彼のマネージャーであるバレンタイン・トゥロウとミーテイングをした。少し世間話をした後に、今回の給水をどうすれば成功させられるか、話し合いをした。今年もまた彼のサポートができるようになった。

JG:エリウドとバレンタインから、何か特別な指示はあったのですか?

CHS:彼が給水ボトルを取りやすいように、私がどのようにボトルを握っておくか。そのような理由からボトルの底を持つようにした。彼が手全体でボトルを取れるようにね。

JG:過去も同じようなプロセスでやったのですか?これまで多くのマラソンを見てきましたけど、大体はエリート選手が、ボランティアから手渡されるのではなく、自分で給水テーブルから自分でボトルをとりますよね。前にも同じようなことをしたのですか?なぜテーブルに置くのではなく、手渡しにしたのですか?

CHS:たくさん試行錯誤をして選手の水分補給を改善させたいと思っている。ベルリンマラソンはワールドマラソンメジャーズの大会であり、特別なサービスを提供していきたい。選手が走ることだけに集中できるようなサービスだ。給水テーブルから給水ボトルを取り損ねてしまう選手もいる。給水ボトルを手に持っていれば、選手がちゃんと掴める確率も上がる。

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レース中の給水マンの様子

JG:どのぐらい前から手渡ししているのですか?ベルリンマラソンではいつもそうですか?

CHS:はい、そうだね。他の方法は見たことがない。これは“A選手”だけだ。“B選手”はこのサービスはないと思う。もしボトルをテーブルから取らなければいけないとなると、朝ホテルでその準備をして、20個近くある給水ボトルから自分のを探し出さなければならない。1時間に20kmのペースで走っていれば、それはすごく難しいことだ。

ボランティアの手から貰う方が断然に簡単だ。我々がやることは、選手が自分のボトルだと分かるように叫ぶこと。ボトルには名前が書かれていて、ゼッケンナンバーも書かれている。自分が選手の給水ボランティアだと伝えるために、できる限りの大声で叫ぶんだ。

JG:何人のA選手がいるんですか?

CHS:約30人。30人のA選手のためのボランティアがいる。10人が女子選手、20人が男子選手だ。

JG:ランニングは好きですか?ベルリン以外の世界のマラソン大会などの情報も見てるんですか?

CHS:全てのマラソンの情報を見てるよ。19歳の時は真剣にマラソンに取り組んでいた。ベストタイムは2:34だ。その後トライアスロンに転向したんだ。マラソンよりトライアスロンに力を入れるようになった。

JG;ロンドンマラソンやボストンマラソンもテレビで見ますか?

CHS:もちろん。ロンドンマラソン、ニューヨークシティ、ボストンマラソンが好きだ。お気に入りのレースだね。あとはオリンピック。

JG:好きな選手は誰ですか?

CHS:(笑)当ててみて。エリウドだね。これは言うまでもないよね。

JG:彼は今後長い間破られないであろう世界記録を出しました。その歴史的瞬間に関われたのは、どんな感じでしたか?

CHS:信じられないぐらい素晴らしいよ。毎年マラソンが近づくと緊張する。そして、もっと良くするには何ができるか、何を改善できるか、ということを考えるんだ。今年は、初めてボランティアの腕に選手の名前を記した“しるし”をつけたんだ。そうすれば、選手がすぐに自分の給水ボトルだと分かるしね。

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JG:レース中はどの給水地点にいたのですか?

CHS:今年は5km、10km、15km地点に給水を設けた。5kmごと。15km以降は2.5kmごとになる。だから、今年のベルリンマラソンは13箇所の給水ポイントがあった。

エリウドは全ての給水ポイントを利用したが、全ての選手が全部を利用するわけではない。8ヶ所やそれより少ない選手もいる。でも、我々の任務は自転車で給水地点を移動して、朝ホテルに用意されていたボトルを選手に手渡す。給水ボトルを渡し終えたら、次の給水ポイントに向かう。

JG:給水ポイントへ移動するとき、緊張はしましたか?

CHS:うん、すごく緊張したよ。なぜなら給水ポイントに遅れて到着はしたくない。選手は時速20 〜 21kmのスピードで走っている。次の給水ポイントにちゃんと到着するために急がなければならない。そして、正しい給水ボトルを見つけて準備をしなければいけない。選手が来るまで約30秒。すごく興奮するし、急がなければならない。

JG:何か問題は起きましたか?

CHS:1度あった。ある給水ポイントで、観客が多くてエリウドが私を見つけることができなかった。観客の後ろに私が隠れてしまったせいで、エリウドは私を見ていなかった。40km地点の給水ポイントだった。彼は私の給水ボトルを取り損ねてしまった。でも、その後に通常の給水テーブルが設置されているので、そこで給水することができた。だから、そこまで大きな問題にならなくて済んだよ。

JG:その他の給水ポイントでは、エリウドは全て給水できたのですか?問題が起きたのはそこだけでした?

CHS;ある地点の給水ポイントで、エリウドが給水テーブルから離れたところを走っていたのと、もう1つ別のポイントでも給水し損ねた。でも、彼のマネージメントが特に問題ないよと言ってくれた。

なぜなら、次の給水ポイントまで2.5kmだし、そこまで離れていなかったからね。給水ポイントが2.5km毎という短い間隔なのは、私が思うにモンツァ(Breaking2)で初めて試して、それを今回のベルリンマラソンで採用したのだと思う。

JG:私もすごく素晴らしいと思ったし、読者の人もすごく気に入っていることは、あなたがすごく情熱を持って取り組んでいたということです。給水が成功するとあなたはガッツポーズをしてましたね。なぜガッツポーズを?

CHS:本当にエリウドが私を見ているかは分からないし、給水ボトルを本当に取ってくれるかも分からない。彼の世界記録に少しでも関わりたいと思っていた。何か失敗が起こったとすると、それは私の失敗なのですごく申し訳ないことになってしまう。エリウドがベストを尽くせなかったことになってしまう。

だから、給水が成功した時は本当に興奮したし嬉しかったんだ。それに、エリウドは本当に良い人だから、彼がベストをつくすことを手助けしたいと思った。彼は走ることに集中するべきで、私は彼のサポートに全力を注ぎたかった。

JG:インスタグラムで見たのですがキプチョゲに会って何かにサインしてもらったのですか?彼に会って話すのはどんな感じでしたか?

CHS:素晴らしかった。彼は本当に本当に良い人だ。ボトルを渡していた私に感謝の意を表してくれた、なんて心が温かい人なんだ。私はただの給水係だよ。

JG:何か思い出に残るようなことをエリウドは言っていましたか?どんな話をしたのですか?

CHS;彼のゼッケンをくれたよ。そこに、

クラウスさん、今日は助けてくれてありがとうございます。あなたがいなければ世界記録は出ていなかったよ”

と書いてくれた。心を奪われてしまうほど、心温かい方だ。

JG:レースを観ている時、給水成功の瞬間あなたが喜んでいる部分を録画してTwitterにあげたら、フォロワーがすごく気に入ってくれた。あなたの給水を楽しみながら見ていた人たちに、何か言いたいことはありますか?

CHS:私のジェスチャーが注目されたことについてはすごく驚いているよ。ただ単に、給水が成功した際の自分の気持ちを表しただけのことだったから。あれがカメラに捉えられていたのはびっくりだ。みんなに見せるものではなく、私自身が自分で喜びを表現しただけの話だ。

特に言えることはないけど、世界記録保持者とすごく近い位置にいることができた。素晴らしい気持ちだった。何にも変えられないものだ。あのジェスチャーは、自分自身のためにやったものだった。

JG:他に大切なこと興味深かったことはありますか?

CHS:世界記録は、多くの人が集まって達成できたものと考えているんだ。もちろんエリウドはその90%を占めている。約10%はコーチ、おそらく残り1%ぐらいは、世界記録を給水でアシストしたベルリンのクラウスだ。

でも来年もまた、細かい部分を改善していくと思う。ちょうどベルリンマラソンのマネージャーと話したところで、また違ったサプライズをするかもしれないよ。

JG:それが何かはまだ言えない?

CHS:言えないよ!(笑)

エイドステーションでもっと改善していきたいと考えている。あと補助員に関しても改善していきたい。そうすれば、選手がもっと走ることだけに集中できるようになるよ。

 

レッツラン記事

http://www.letsrun.com/news/2018/09/meet-drinks-guy-fist-pumping-german-gave-eliud-kipchoge-drinks-world-record-marathon/

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