【2018年8月31日】
ありがとう、ヨミフ・ケジェルチャ。
ブリュッセルでのダイヤモンドリーグ決勝戦、5000mで13:00を切る選手が2018年は現れないかのように見えた。13:00切りの選手がでないのは、1993年以降では始めてのこととなるかと思われた。しかし、21歳の世界室内選手権王者のケジェルチャがそうはさせなかった。最初の3000mの7:44.6というのスピードをそのままに、ケジェルチャはペースを保ち続け、その結果歴史に残る5000mのレースとなった。
その記録は驚異的だった。18歳のセレモン・バレガの12:43.02は、ケネニサ・ベケレ、ハイレ・ゲブレセラシエ、ダニエル・コーメンに次ぐ記録となった。2位に入ったハゴス・ゲブリウェトの12:45.82という記録に関しては、この記録を出して優勝できなかったのは過去ではコーメンしかいない。そして、12:46.79を出したケジェルチャは自己記録を7秒更新し、3位に入った選手としては歴代で1番速い記録となった。

そして、ポール・チェリモの12:57.55という記録で彼は、13:00を切った7人目のアメリカ人となった。6位にしては良すぎる記録といえる。結局、8人もの選手が13:00を切った。
今年はなぜ誰も13:00を切れないのかというのが、トラック競技界隈の話題だった。才能ある選手がもういないのではないか?ドーピング検査が厳しくなり好記録がでなくなったのか?
しかし、このブリュッセルDLで、その考えがどれも違うということが証明された。ただ単に、完璧なコンディションと、ケジェルチャのようにレースを積極的に引っ張る選手が必要なだけだったのだ。
この素晴らしいレースの4つの要素を説明しよう。
① 完璧な天候
13 〜 14℃というのはほぼ完璧な気温であり、風がほとんど無かったというのも功を奏した。多くのダイヤモンドリーグのレースは日中に行われ、気温も高く風が強いことが多い。しかし、このレースは5000mのレースにとって理想ともいえるコンディションであり、13人中12人の選手が、自己記録(9人)かシーズンベスト(3人)を更新した。
② ペーサーの質の高さ
ペーサーを務めたスタンリー・ワイタカは最初の3000mを7:44.6で走った。彼は今年13:10の記録で走っており、7月のU20世界選手権ではバレガを破って銀メダルを獲得した選手である。最初の1周目はペースが速すぎたが(60秒を切っていた)、重要なのは3000m通過記録である。
③ ペーサーについていこうとする選手がいる
3000m通過が7:44.6というのは、12:54ペースである。何人かの出場選手にとっては対応可能なペースであったが、DLでペーサーがこの速さで走ると、通常それについていこうとする選手は少ない。特に優勝賞金の$50,000がかかったレースにおいては。しかし、ケジェルチャはペーサーについていく気満々であり、それによって他の選手もペーサーについて走ったのだ。
④ ペーサーが抜けた後も、レースを積極的に引っ張る選手の存在
良い記録が出るレースの1番重要な部分は、ペーサーが抜けた後のレース展開だ。近年、そのような選手がいなかったので13:00を切る選手が出てこなかったのだ。
「13:00切りで走るためには、ペーサーが抜けてからレースを引っ張る選手が必要だ。しかし、それだけ中盤以降に押していける自信がある選手がいない」
2週間前のヨーテボリでの3000mで7:28.00(2011年以降の最速記録)を出したケジェルチャは、このレースで恐れを知らない走りをみせた。ペーサーが抜けると、まるで時計のようにラップを刻み始めた。3000mからラスト1周の鐘まで、ケジェルチャのラップタイムは60.5、60.2、61.1、60.6。1600mが4:02.4だった。
しかし、このスピードで走ってなお、ケジェルチャとバレガの勢いは残り400mでも衰えることはなかった。ラスト1周の鐘でケジェルチャはペースを上げ、後ろを走るゲブリウェトとの差を広げたが、バレガのスピードは全く落ちることがなかった。前日にチューリッヒで、ヘレン・オビリが、ケジェルチャのナイキオレゴンプロジェクトでのチームメイトであるシファン・ハッサンにしたことと同じように、バレガはケジェルチャの動きに反応しバックストレッチでケジェルチャを捉え、残り200mでリードを奪った。
ホームストレッチに入ると、バレガは完全にフリーになりラスト1周を55.8で走り、12:43.02という記録で優勝した。2005年パリでケネニサ・ベケレが出して以来の速い記録だった。ラスト200mのバレガの走りは、ケジェルチャを突き放し、ケジェルチャはゲブリウェトに抜かされた。
ゲブリウェトの12:45.82は世界歴代5位の記録となり、ケジェルチャは世界歴代7位の記録を出した。彼らの間で世界歴代6位にいるのが、最強ランナーのエリウド・キプチョゲ(12:46.53)だ。ケジェルチャはバレガに負けて悔しかったであろう。ケジェルチャは3000mから4600mで良いペースで引っ張っただけではなく、今年始めのローザンヌでバレガがケジェルチャの後方から走り寄り、ケジェルチャの13:00切りを阻止したのだ(ケジェルチャはお返しにバレガのランパンを引っぱりおろそうとして、失格となった)。
【結果】
5000m 1 セレモン・バレガ ETH 12:43.02 2 ハゴス・ゲブリウェト ETH 12:45.82 3 ヨミフ・ケジェルチャ ETH 12:46.79 4 ムクター・エドリス ETH 12:55.18 5 アバディ・ハディス ETH 12:56.27 6 ポール・チェリモ USA 12:57.55 7 リチャード・キムニャン KEN 12:59.44 8 ゲタネ・モッラ ETH 12:59.58 9 モー・アーメド CAN 13:03.08 10 ベン・トゥルー USA 13:04.11 11 Abdi , Bashir BEL 13:04.91 12 McSweyn , Stewart AUS 13:05.23 13 Rutto , Cyrus KEN 13:28.25 Kazi , Tamás HUN DNF Letting , Vincent KEN DNF Mburu , Stanley Waithaka KEN DNF
【レースフル動画】
今夜の走りでセレモン・バレガが伝説の選手たちの仲間入りを果たす
バレガの前にいる男子5000mでの世界歴代記録を持つ選手は、陸上界における伝説的選手ばかりだ。ベケレとゲブレセラシエは最高の長距離選手として広く知られているが、ダニエル・コーメンこそが最も才能ある選手であろう。彼らは12:45切りの記録をもち、ベケレの12:37という世界記録も射程圏内に見えてきている。このようなことは近年では初めてのことである。
このレースで12:43で走ったものの、バレガは驚くことに7月のU20世界選手権も、今月前半に開催されたアフリカ選手権でもメダルを逃している。それぞれ、優勝記録が13:20、13:48というレースで敗北した。今年負けたレースが、選手権での1500m決勝だけだというティモシー・チェリヨットを見れば明らかだが、DLで勝つのと選手権での決勝で勝つのとでは違う要素が求められる。今夜の出来事が、さらにそのことを証明している。
バレガはまだまだこれから成長する余地がある選手だ。今後脅威になる選手だろう。3月のバーミンガム世界室内選手権でのスローでのレースで2位(優勝記録が8:14)に入り、オフィシャルな年齢はまだ18歳という若さだ(東アフリカ勢の年齢は本当かどうか定かではないが、バレガは若く見える)。
【ベケレの世界記録のラップ:12:37.35】
- 1000m:2:33.8
- 2000m:2:31.9
- 3000m:2:31.7
- 4000m:2:30.59
- 5000m:2:29.42
【バレガの世界歴代4位のラップ:12:43.02】
- 1000m:2:32.8
- 2000m:2:39.5
- 3000m:2:32.6
- 4000m:2:31.1
- 5000m:2:27.0
ヨミフ・ケジェルチャは期待の選手
5000mの13:00分りのように、男子3000mSCにおいての8:00切りもここ近年ではあまり出ておらず、2016年以降1度しか出ていない。しかし、昨晩のチューリッヒDL決勝戦でエルバッカリやエヴァン・ジェイガーがペースを遅くしたことでキプルトの優勝記録が8:10だったが、ケジェルチャはそのようなレース展開にはさせなかった。優勝賞金の$50,000がかかっていてもだ(ケジェルチャは3位に入って$10,000ドルを手にすることとなった)。
(ペーサーが抜けてからの3000m以降に)ラップタイム60秒ほどで4周 = 1マイル先導するのにはかなりの根性がいるが、ケジェルチャは走り切った。ケジェルチャには今後も期待している。もしバレガとゲブリウェトの調子があまり良くなかったら、おそらくケジェルチャが素晴らしい記録と+$40,000を獲得していただろう(つまりは、優勝していただろう)。
ポール・チェリモがようやく12分台
2016年リオオリンピック決勝で13:03の記録を出した時、彼が13:00を切るのも時間の問題かと思われた。2年後、彼はまだ13:03にとどまっていたのだが、ようやく12:57という記録を出し6位に入った。それは素晴らしい走りだった。5年前の同じ競技場 でバーナード・ラガトが12:58.99を出して以来のアメリカ人選手の13:00切りとなった。
それと同時に、チェリモには少し落胆の気持ちもあるかもしれない。その理由は2つ。1つ目は、昨年のプリクラシック以来、ダイヤモンドリーグにおいて1番低い順位だったこと。先月のロンドンDLでは、チェリモはケジェルチャを抑え優勝している。2つ目の理由は、ラガトの12:53.60という全米記録に挑戦するには最高のレースだったということ。13:00切りができるレースというのは、そう多くはない。優勝記録が12:53より速い記録のレースは、あと何年後にやってくるかわからない。
しかし、彼は12:57の記録で走ったのだから、全米記録更新ができなかったからと言って批判するのは酷だ。なぜラガトの記録が全米記録なのかは理由がある。なぜならば、その記録は本当に間違いなく速い記録だからだ。
【全米歴代12分台ランナー】
① 12:53.60 バーナード・ラガト
② 12:55.53 クリス・ソリンスキー
③ 12:56.27 デイサン・リッツェンハイン
④ 12:57.55 ポール・チェリモ
⑤ 12:58.21 ボブ・ケネディ
⑥ 12:58.56 マット・テゲンカンプ
⑦ 12:58.90 ゲーレン・ラップ
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