【LRCJオリジナルインタビュー記事】リオオリンピック男子1500mニュージーランド代表 – ジュリアン・マシューズ ~NZ1500mランナー・ワールドトラベラー:その2

※以下は、ニュージーランド・ウェリントン在住の谷本啓剛氏(ランニングガイド・RunZ:ラン・ニュージーランド代表)によるレポートで、レッツランジャパン(LetsRun.com Japan=LRCJ)オリジナルコンテンツのインタビュー記事です。

ジュリアン・マシューズ

~1500mランナー・ワールドトラベラー~

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©2018 Sushiman Photography

今回はニュージーランド・1500mのスペシャリストであるジュリアン・マシューズ選手を紹介します。ジュリアンは2014年のコモンウェルズゲームズで9位、2015年の北京世界選手権に出場、2016年のリオオリンピック出場と年齢を重ねるにつれて確実にキャリアを伸ばしてきた選手です。

ジュニア期から1500mという種目にこだわり1500mに挑み続けています。ニュージーランドの選手ですが、ニュージーランドのみならずトレーニング拠点は世界各地に点在しており、私がインタビューした場所もお互いにベルギー遠征中というタイミングで練習場所が同じ場所になったためでした。

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ジュリアン・マシューズと筆者(谷本啓剛)

世界各地を回りながらトレーニングを行っていくことは、世界レベルのランナーとしては非常に稀だと思いますが、ジュリアンのランニングに対する思いとポイントについて伺いました。日本では長距離走は『旅』と例えられることがよくあります。ジュリアンの1500mのキャリアはまさに『旅』そのもので、世界でも類を見ないようなキャリアを積み上げて行っています。

 

ジュリアン・マシューズ:IAAF選手名鑑

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出身: ニュージーランド・ネルソン

生年月日: 1988 / 7 / 21

自己記録: 800m 1:48:95 1500m 3:36:14 1mile 3:56:91 3000m 8:00:21

大学: Providence College(アメリカ・プロビデンス大)

クラブ:アスレティクス・ネルソン

コーチ: Ray Treacy(レイ・トレイシー)、Ron Warhurst(ロン・ワーハースト)

 

その1はこちらから

4:トレーニング

ジュリアン・マシューズの基本的なトレーニング

 

【週間走行距離】

基礎をつくる時期:160㎞ / WEEK

レースシーズン:120~130㎞ / WEEK

【レースシーズン中の計画】※レース期前半のレースがある週の基本的な流れ

日曜日:ゆっくりのペースで90〜120分間走

月曜日:軽めのジョグ(流し数本)

火曜日:ポイント練習 / ジムセッション

水曜日:ゆっくりのペースで80〜90分間走

木曜日:軽めのジョグ(流し数本)

金曜日:軽めのジョグ(流し数本)

土曜日:レース

※レースがなければスピードトレーニング

好きなトレーニング

  • スピードトレーニング
  • 綺麗な場所でのロングラン
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©2018 Sushiman Photography

※ケニアで行った集団でのロングテンポ(距離走)はとれも気持ちよかった。ネルソンのトレイルはいつも心を落ち着かせる場所。

 

【トレーニングのポイント】

  • 週2回のスピードトレーニングで速筋繊維に刺激を入れること
  • ロングランを行って有酸素能力を十分に高めること
  • レース期でもあまり持久系トレーニングを落とさない
  • 健康な状態でいること
  • 怪我の予防
  • 回復を重要視
  • 精神的にタフになること
  • 自分自身を信じること

 

【トレーニング年齢】

  • ジュニア期には自分の強みを伸ばし、力を高めていく。あまり深く考えずバランスよくトレーニングを行っていれば自然に強くなっていく
  • 能力が十分に高まる年齢に達したら、1つ1つの能力をさらに強化するとともに弱点も克服し力をさらに高めていく

 

こうした点から“楽しいランニングではあるが、ランニングは非常に複雑なスポーツだ”とジュリアンは話す。

『練習計画にしても高地トレーニングだけをとって速くなるものかといえばそうではない。手術後ようやく走れるようになってきてから、様々なところで練習したが、(アメリカでの)高地トレーニングから高地トレーニングでケニアへ行った。順調にトレーニングはできていたが、その後思うようにレースで結果が出なかった。練習環境の変化での学びはいつの時もある。』

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2015年北京世界選手権

『2015年には世界選手権があり、1年で21回もレースを走った。実際にこれは多すぎて、スピード持久力が少しずつ失われていることを感じていた。このレースとトレーニングのバランスは常に考えなければならないことだと思っている。』

『またトレーニングを開始すると、1日中ジムにいることもある。ジムでは柔軟性のトレーニング、神経系のトレーニング、筋力系のトレーニングなど様々なことを克服するために計画し取り組まなければならない。いろんなことを考えながらトレーニングに取り組んでいる。ランニングは同じことだけ続けていればいいものではなく、速くなるために多くのことを取り入れたり、考えたりしなければならない。それは年齢が上がり、競技力が上がってきてより一層複雑になっていくように思う。ランニングは単純ではない。』

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©2018 Sushiman Photography

何を選択するのか

『自分にとってベストな状態になるために必要なことを1つ1つ考えながら選択していくこと。ケニアではランニングに対する精神力が強調されていたように思う。アメリカでは精神的な面よりも効率的な面を強調するトレーニングであった。客観的に見て何が優れているかを考えるよりも、自分自身にとって必要なことを様々なところから学んで繋げていくことがトレーニングで最も大切になってくる。』

5:旅の途中で

ジュリアンの子供の頃に憧れた選手は、ニュージーランドの伝説的なランナーである※ピーター・スネルと話してくれた。彼の800mのニュージランド記録は今現在も破られていない。

(ピーター・スネル:アーサー・リディアードのコーチングのもと1964年の東京オリンピックで800m・1500mを制したレースは世界で語り継がれ、そして彼のトレーニングは今現在も多くのランナーの基礎を築いている。)

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2014年グラスゴー・コモンウェルズゲームズ

そしてニック・ウィリスに関して、今ではニュージーランドの代表選手として同じ代表ユニフィームを着て世界のトップの競技会で競い合うまでに至っているが、“彼のレベルは遥か彼方(かなた)で憧れの選手である”と話す。

オリンピックと手術

2016年のオリンピックイヤー、ジュリアンは1月・2月の国内シーズンからレースで調子を上げてきていたが、アキレス腱の痛みに悩まされていた。オリンピック参加標準記録の3分36秒20というラインはレース中のジュリアン自身には現実的に目視できるものではない。テレビや映像越しにはタイマーの表示とともに観戦者には認識できているものだが、レース中のランナーは感覚でそれを追い続けることしかできない。

2016年Capital Classic 3000m Wellington(動画)

そしてもう1つ、観戦者には全く分からないが、ジュリアンはこのシーズン、自分のアキレス腱の痛みと戦わなければならなかった。観戦している人たちからは全く分からないもう1つの戦いをジュリアンはタイムを追いながら戦わなければならなかった。

2016年5月16日。スワートモア・ラストチャンス・決勝でついに3分36秒14を記録しオリンピックへの参加資格を獲得する。

2016年5月16日Swarthmore Qualification last chance final (動画)

ジュリアンはレース中にはエネルギーをセーブするために考えることをやめるという。そして最後の200mでは、『小さく』『素早く』すべての無駄をなくしたランニングフォームでフィニッシュを駆け抜けることを意識しているという。

このレースは、大会の名前通りにジュリアンの精神的にも肉体的にも最後のチャンスであった。この最後のチャンスで記録との戦い、自分自身のアキレス腱との戦いに勝ってオリンピックへの道を切り拓いた。

『参加A標準の内側にいることと外側にいることは意識が全く違う。初めて内側に来たこと。このレースは本当に思い出深いものとなった。』

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スワートモア・ラストチャンスで3分36秒14を記録しリオオリンピックの参加標準記録をクリア

『そしてこのレースでは、ニックがペースメーカーとなり標準記録を目指せたこと。そして同い年で長年のライバルであるハーミッシュと一緒に記録に挑めたこと。これらがより一層このレースへの挑む気持ちと、達成したときの高揚感を与えてくれた。』

『このレースの後はクールダウンもできないほどアキレス腱の状態は悪くなっていた。それでもこのレースで得られたものはそれ以上に大きなものとなった。』

と、懐かしく振り返って話してくれた。

『実際にアキレス腱はオリンピックの年になる前からやや不安があった。しかし2014年のコモンウェールスゲーム、2015年の世界選手権、そしてオリンピックと大きなレースが続いてきたから、手術をするタイミングを失っていた。』

2014年・コモンウェルスゲームズ予選(動画)

そして2016年8月のリオオリンピック。アキレス腱が治らないままに挑んだ初めてのオリンピックは予選で僅差ではあったが惜しくも準決勝進出を逃す。

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『このオリンピックに関してはほとんど悔しさしかない。リオオリンピック3週間前にはオーバーワークで左ふくらはぎを肉離れしてしまった。リオの準備はスイミングプールでするということになり、その頃はただ不安しかなかった。もっと走れたという自信があったけれども、体はその状態になかった。初めてのオリンピックは自分にとって何もできなかった、ということしか残っていない。何1つ満足いくようなことはなかった。』

2016年のオリンピックでは、ニュージーランド代表の男子1500mは3選手をオリンピックに送り出している。その中でニックはやはり特別で、銅メダルを獲得するまでに至っている。

ニュージーランドの人々にとっては、ピーター・スネルの時代から続く思い入れのある1500mに3人の代表選手が出場し、1人(ニック)が表彰台に上がるという素晴らしい結果であったが、ジュリアン個人としては多くの悔しさを残すものとなった。

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リオオリンピック選手村:左からエライザ(リオオリンピック・棒高跳銅メダリスト)、ハーミッシュ、ジュリアン、トム(リオオリンピック・砲丸投銅メダリスト)

『2016年は標準記録を突破する。という1つの達成感を得た。それとともにオリンピックでは大きな悔しさも味わった。その悔しさは次のゴールへの情熱に変わる。ランナーなら必ず誰もが味わう2つのことだ。2016年はその2つを得た年だった。』

そして、その後競技から離れなければならない年を迎える。リオオリンピック後、ジュリアンの足は全く走れる状態ではなく、アキレス腱を手術することになったのである。

ジュニア期から2016年まで、結果が出ないことや調子が悪く全く走れないようなシーズンは競技キャリアを通じてなかったという。それは高校卒業後に10か月の旅を終えた後でもいい走りができたほど、ジュリアンの体は強く、そして走りは安定していた。

2017年初めて、『走れない』という状況と戦わなければならなかった。それでも次の旅に向けての準備は始まっていた。手術をするという選択肢も、すでに次の旅への準備だったといえる。

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©2018 Sushiman Photography

『今までのランニングにおけるすべての経験は2020年の東京オリンピックに繋がっている。ここがキャリアのピークになるだろう。』

ピーター・スネルが2種目で金メダルを獲得した場所で、自分も決勝という特別な舞台を走りたい。そう思って今のランニングを高めている。今年のゴールドコーストコモンウェルスゲームズは終わり、来年のドーハ世界選手権もオリンピックへのステップアップの1つだと捉えている。東京への4年間はリオへの道のりよりも良い旅になると思っている。』

と、ジュリアンは話す。今までの経験が、ジュリアンに自信を与える基礎を築いていることは言うまでもない。

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ジュリアンはオリンピック選手になるまでに10年ほどのランニングキャリアを必要としたが、10年間という年月はジュリアンの中で計画されていたものであった。長い年月をかけて、1つのゴールに到達する。そしてまた長い年月をかけて達成されるであろう次のゴールに向けて出発する。競技生活を送っていれば、『早く結果を出したい』とトレーニング計画を焦ってしまい、目先の結果を取りに行きたがるものであるが、ジュリアンにとってそういったことはほとんどない。

ジュリアンに自分自身の長所を聞くと、

『常にモチベーションの波がないこと』

と、話してくれた。そして同じようにランニングに挑めることだという。

何年も続く長い道のり、物質的ではないゴールを目指し続けるためには常に心は穏やかでなければならない。ジュリアンの常に穏やかな心がその長い旅を行くランナーであることを可能にしている。

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©2018 Sushiman Photography

またジュリアンは『オリンピック選手』であることや『大記録』といったことにはあまり興味がないという。

ジュリアンにとってランニングで経験したことはすべて旅の途中で起こったことであり、そのことに執着することはないのだと筆者は考える。そしてまだ旅の途中。今回のようなインタビューで振り返ることはあっても、つま先は常に次の行き先へ向かっている。

1500mのレースは3分30秒ほどで終わってしまうものだが、ジュリアンの1500mは常に旅であり、長い年月をかけて輝きを増していく。東京オリンピックの後のキャリアについて尋ねると、

『まだ決めていないけれど、もし体が行けそうだったら次のゴールを目指したい。』

と、話す。

『自分の走りを楽しんで次のゴールに向かっていけることが楽しい。ランニングはほぼ自分の生活と言っても変わりない。そして毎日のランニングで心と生活を充実させることができる。』

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©2018 Sushiman Photography

ジュリアンの旅はこれからも続く。

 

【筆者プロフィール:谷本啓剛】

ニュージーランド・ウェリントン在住

ランニングガイド・RunZ(ラン・ニュージーランド)代表、酒井根走遊会主宰

【RunZ(ラン・ニュージーランド)】https://runnewzealand.wordpress.com/

【酒井根走遊会(オンライン陸上部・駅伝部)】https://blogs.yahoo.co.jp/sakaine_soyukai

 

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