川内優輝 31年ぶりの日本人選手のボストンマラソン優勝:厳しい気象条件で放った4度の下り坂でのスパート “マラソンは何が起こるかわからない”

川内WMM初制覇:なぜ川内優輝が優勝できたのか?

①気象条件が非常に悪かった

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男子のスタート時の気象条件は約4℃、雨と風はスタート時は強くなかったものの、レースが進むにつれて雨風ともに強くなった。風も強く、体も濡れて冷えてしまいやすいことからも体感温度は0℃を下回るマイナスだったと思われる。4月とは思えないこれほどの悪条件で、多くの市民ランナーは参加する都市型マラソンのレースを決行したこと自体がすごいが(そもそも中止や延期になってもおかしくない)、それでもスタートラインに立ったすべての選手に拍手を送りたい。

黄色でマークされている選手が途中棄権してしまった選手

今大会では、招待選手は男女合わせて37名出場したが、そのうちの62%にあたる23名が途中棄権となり、男子の招待選手は3人に2人(66%)が途中棄権となった。男子では16年間連続で優勝し続けてきたアフリカ勢の選手であったが、今大会では男子のアフリカ勢9人中7人(78%)が途中棄権となった。

②寒いコンディションに得意意識がある

川内優輝は、レース後のインタビューで、“今日の最悪のコンディションはどうでしたか?”と聞かれ、

「私にとっては最高のコンディションでした!」

と、答えた。さらに、その後の記者会見では、

「もし、今日のような厳しいコンディションでなければ、今日この場(優勝者としての記者会見)にはいなかったと思うので、厳しいコンディションであったからこそ優勝できました」

と、述べた。川内が寒さに対してここまでの自信を持っているのには理由がある。

今年の元旦に、ボストンマラソンが行われるマサチューセッツ州で行われたマーシュフィールドニューイヤーマラソンで2:18:59で走り優勝した。このレースは−13 〜 −17℃という非常に厳しいコンディションで行われ、フルマラソンには3人だけが出場し、川内を含めた2人だけが完走した。川内はここで極限の極寒のなかでサブ2:20を達成し、寒さに対する耐性を確認した。

川内は3月中旬の水曜日の祝日に、川内と同じく埼玉県に拠点を置くGMOアスリーツの選手との合同練習を雪の中行った。通常、雪が降っていれば練習をせずに休養に充てる、室内トレーニングに切り替える、室内のトレッドミルの上や室内練習場で走るということが一般的であるが、川内は雪に対する苦手意識がなく、問題なく練習をこなした。

なお、この3日前に川内は、台湾でのワンジンシマラソンを暑いコンディションのなか優勝したが、レース後に倒れて医務室に運ばれている。本人が言うように、川内優輝“暑さには弱いかもしれないが、寒さには強い”

③ボストンはペーサーがいない“選手権スタイル”のレース

マラソンなどのロードレースだけでなく、トラックレースにおいてもペーサーは存在し、ペーサーとはおもに記録をアシストしてくれる心強い存在である。その反面、ペーサーがいるレースではそれがたとえマラソンであったとしても、序盤からレースが予想だにしないペースの上げ下げによって乱されることは、ほとんどない。

1954年、今から64年前に人類で初めて1マイル競走で4:00の壁を破ったロジャー・バニスターがイフリーロードの土トラックで3:59.4で走ったときにもペーサーというアシスト役は存在し、クリス・チャタウェイクリス・ブレッシャーというチームメイトによって初の“Breaking4”が達成された。

近代のマラソンにおいても、ポール・テルガトが世界記録を更新した2003年のベルリンマラソンあたりからペーサーの存在がメジャー化し、ベルリンマラソンやロンドンマラソンでは世界記録の更新を視野に入れた高速レースが展開されるようになった。

そのような高速レースとは対照的に、世界選手権やオリンピック、アジア大会、欧州選手権等の各地域の選手権だけでなく、メジャーマラソン大会ではボストンマラソンやニューヨークシティマラソン、※ 最近ではシカゴマラソンもペーサーを起用していない。

(※)シカゴマラソンでは2018年大会で再びペーサーが導入された

ロンドンマラソンやベルリンマラソンでは東アフリカ勢の上位独占が男女ともに未だに崩れないが、昨年のボストンマラソンから、ゲーレン・ラップ、大迫傑、ジョーダン・ハセイが東アフリカ勢の独占を崩し、ロンドン世界選手権、シカゴマラソンと非アフリカ勢の活躍が目立った。

“選手権スタイル”のマラソンは各々が考えるスパートのタイミングが違い、揺さぶりやペースの上げ下げが多い。今回のボストンではその揺さぶりによって川内が主導権を握る場面もあり、自分の感覚で自分のレースをできたことが大きい。

④4回の“下り坂”でのスパート

箱根駅伝の1区の六郷橋の下りでのスパート合戦は毎年の見物であるように、下り坂はスピードに乗りやすく、スパートをかけやすいポイントである。しかし、それはレース終盤の話であり、マラソンでは序盤から上り坂での適正はあるにしろ、下り坂でいきなり揺さぶりをかける例は極めて少ない。

そもそも、現在の日本のメジャーなマラソンで、ボストンマラソンのような起伏に富んだコースは今はほとんどない。さいたま国際マラソンや、東京マラソンでさえも、後半のアップダウンがあることが理由の1つで、その後よりフラットなコースに変更されている。

川内は、今までの合宿や集中練習でもアップダウンのある所を走ったり、長時間のトレイルランを行っている。それに日本中の、世界中のアップダウンのあるコースでマラソンを多く走っており、メジャー大会ではニューヨークシティマラソンでのアップダウンの経験している。

川内は下りに強く、学習院大2年と4年時に箱根駅伝を走っているが、そのどちらもが山下りの6区での出場だった。2年時は区間6位、4年時は区間3位と健闘しており、学生時代から下りが得意であった。

今回の4回のスパートは、“1回目がハイペースに持ち込んで集団を早めにふるいにかけたかった”、それ以降のスパートは“自分の感覚で走った”、とレース後の記者会見で川内は話した。1回目のスパートでいきなりハイペースに持ち込むことに成功し、3回目では優勝候補のゲーレン・ラップを振り切った。ここで、集団が本格的にばらけ、キルイの“結果的”に早かったスパートを促した。

そして川内は4回目のスパートでビウォットを振り切り、その勢いでキルイを飲み込んでしまった。ただでさえ、悪いコンディションであったが、川内による3度のスパートで先頭集団の選手たちはさらに消耗させられてしまった。そしてアップダウンの多いコースということも影響してじわじわとダメージが蓄積し、上に述べたように男子の招待選手は3人に2人(66%)が途中棄権となり、悪天候と川内優輝にノックアウトされた。

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川内優輝 31年ぶりの日本人選手のボストンマラソン優勝:厳しい気象条件で放った4度の下り坂でのスパート “マラソンは何が起こるかわからない”」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: 川内優輝が極寒-17℃のマーシュフィールドニューイヤーマラソンで、自身76回目のマラソンサブ2:20を達成:マラソンのサブ2:20達成回数の世界新記録を樹立 – LetsRun.com Japan

  2. ピンバック: 世界のメジャーマラソン13撰(WMM6大会 + 7大会) – LetsRun.com Japan

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