2018年2月10日に行われたケニアクロスカントリー選手権の現地レポートです。レースの様子の前に、ケニアのクロスカントリーに関する予備知識をいくつか紹介します。
ケニアではクロスカントリー競技がランニングの基礎である
ケニア人ジャーナリストによるこちらの英語記事にもある通り、クロスカントリーとは
- ケニアに生まれ育ったケニア人選手
- ケニアから他の国に帰化した選手
- ケニアから日本にやってきている留学生やシニア選手
総じてケニア育ちの選手にとっての中心的なレース / トレーニングです。ケニアで彼らが普段走る場所がおおよそ未舗装の道であることに加えて、アップダウンのあるところ多く走っており、クロスカントリー競技に適した環境でトレーニングを積み重ねていることがケニアの選手のクロカン競技における強さの一因であります。
その強さを歴史で見てみましょう。世界クロスカントリー選手権の歴史をみてみると…
※ショートレースを除く
【男子シニアの部:ケニア】
- 最近の3大会連続で個人金メダル
- 1995〜1999年にポール・テルガトが5連覇(ミスタークロスカントリー)
- 1986〜2003年まで団体18連覇(下を参照)
- 2006〜2011年まで団体6連覇(下を参照)
出典:Wikipedia(IAAF World Cross Country Championships)より
【女子シニアの部:ケニア】
- 最近の6大会連続で個人金メダル
- 前回大会(ウガンダ・カンパラ)で1〜6位までを独占
- 最近の6大会で5回の団体金メダル
【男子ジュニアの部:ケニア】
- エリウド・キプチョゲ、アスベル・キプロプ、ジョフリー・カムウォロルの世界王者がジュニア時代に優勝
- 1988〜1997年まで団体10連覇(下を参照)
- 1999〜2011年まで団体13連覇(下を参照)
出典:Wikipedia(IAAF World Cross Country Championships)より
【女子ジュニアの部:ケニア】
- ヴィヴィアン・チェリヨット、フェイス・キピエゴンの世界王者がジュニア時代に優勝
- 過去26大会で団体15勝
男女ジュニア、シニア問わず、これらのケニアのレベルの高さからみれば、世界クロスカントリー選手権の前哨戦ともいえるケニアクロスカントリー選手権を制するものはその後に、世界を制する、と言っても過言ではありません。
ケニアでのクロカンは日本の駅伝のようなものである
例えば日本では駅伝で(時には記録会において)
- 中距離選手
- 10000m&ハーフの選手
- マラソン選手
たちの夢の競演を見ることができます。しかし、日本でのクロスカントリー競技においてはそうではありません。
逆にケニアでは駅伝がないので、トラックのナクルレースなどの例外を除いて、多くの場合は冬季のケニアでのクロスカントリー競技において
- 中距離選手
- 10000m&ハーフの選手
- マラソン選手
たちの夢の競演を見ることができます。
クロカンで活躍した選手はマラソンでも活躍する
年次 | 記録 | 選手 | 大会 |
---|---|---|---|
1965年 | 2:12:0 | 重松森雄(福岡大) | チスウィック |
1967年 | 2:09:36 | クレイトン(オーストラリア) | 福岡 |
1969年 | 2:08:33 | クレイトン(オーストラリア) | アントワープ |
1981年 | 2:08:18 | キャステラ(オーストラリア) | 福岡 |
1984年 | 2:08:5 | ジョーンズ(イギリス) | シカゴ |
1985年 | 2:07:12 | ロペス(ポルトガル) | ロッテルダム |
1988年 | 2:06:50 | デンシモ(エチオピア) | ロッテルダム |
1998年 | 2:06:5 | ダ・コスタ(ブラジル) | ベルリン |
1999年 | 2:05:42 | ハヌーシ(モロッコ) | シカゴ |
2002年 | 2:05:38 | ハヌーシ(アメリカ) | ロンドン |
2003年 | 2:04:55 | テルガト(ケニア) | ベルリン |
2007年 | 2:04:26 | ゲブレセラシエ(エチオピア) | ベルリン |
2008年 | 2:03:59 | ゲブレセラシエ(エチオピア) | ベルリン |
2011年 | 2:03:38 | マカウ(ケニア) | ベルリン |
2013年 | 2:03:23 | キプサング(ケニア) | ベルリン |
2014年 | 2:02:57 | キメット(ケニア) | ベルリン |
2018年 | 2:01:39 | キプチョゲ(ケニア) | ベルリン |
この表を見ていくと、マラソンの世界記録を東アフリカ勢が独占していくのが2003年のポール・テルガトの2:04:55以降からだといえます。その後、エチオピアの皇帝ハイレ・ゲブレセラシエがその後2度世界記録を更新し、さらには4回ケニア人選手によって世界記録が更新されています。
先ほどの世界クロカンの結果を見る限りでは、男子ジュニアの部でも同様にケニアは男子シニアの部においても団体で圧倒的な成績を残してきました。特にケニアのシニア男子は1986〜2003年まで世界クロカン団体18連覇と無敵状態でした。
しかし、先述した通りマラソンの世界記録は2003年からケニアの手に渡り、その後エチオピアと2分するかのように、トラック種目だけでなくハーフマラソンとマラソンでの歴代上位記録を2000年代後半〜現代にかけて次々と独占していきます。
ここで考えられうることは、ケニアだけでなく第2のクロカン王国であるエチオピアの関してもクロスカントリーでの基礎がロード競技にも生かされているということです。ミスタークロスカントリーとも言われる、世界クロカンシニアの部を5連覇したテルガトは、その後マラソンの世界記録を塗り替えました。
テルガトの後に、同じく世界クロカンシニアの部を5連覇したケネニサ・ベケレはトラックでの全盛期、“シーズンの始めはクロカンで脚を作っていく”という考えを持っていました。彼が現在、マラソンで世界歴代2位の記録を持っているのはテルガトの例を見ても偶然ではないでしょう。
これは現代のマラソンのスピード化に対する答えの1つに過ぎません。
(※)マラソンの世界記録を塗り替えたエリウド・キプチョゲも2003年の世界クロカンのジュニア部で優勝し、その後のパリ世界選手権5000mでも優勝。キプチョゲは2002年から4大会連続で世界クロカンに出場している(ジュニア × 2回、シニア × 2回)。
2018年ケニアクロスカントリー選手権
前置きが長くなってしまいましたが本題に移ります。
2月10日にナイロビの※ウフル・ガーデン行われたケニアクロカンですが、会場には私を含めて日本人がチラホラ。日本の実業団のスカウト担当者の日本人も視察に来るのがこの大会です。
(※現ケニア大統領のウフル・ケニヤッタの名前にちなんで名付けられたナイロビ郊外の場所)
競技はジュニア女子(6km)、ジュニア男子(8km)、シニア女子(10km)、シニア男子(10km)、男女混合リレーの順に行われました。ウフル・ガーデンのクロカンコースは1周約2kmほどの比較的フラットな周回コースです。最後の男女混合リレーは観戦していないのですが、最初の4レースを観戦しました。
この時期は日本に留学している高校生や大学生、実業団選手もこのケニアクロカンに出場していたり、観戦に来たりしています。元スズキ浜松ACのマーティン・マサシや、別の場所には男子3000m世界記録保持者のダニエル・コーメン氏なども観戦に来ていました。
【女子ジュニアの部6km】
©2018 SushiMan Photography
©2018 SushiMan Photography
優勝したのはミリアム・チェロプ(ゼッケン008)です。彼女の走りは昨年の12月にハワイの1マイルレースで見たことがありましたが、まだジュニア世代なのに、しなやかなバネを持つ選手という印象を持ちました。トラックの1500mでいずれは3分台に入るポテンシャルのある選手だと思います。
【女子ジュニアの部6km結果】
※ミリアンではなくミリアム・チェロプです。生年月日(DOB)が書いていなかったり、名前や記録が間違っていたりは日常茶飯事です。リージョンとは地域を指し、その地域の予選を勝ち抜いてきていることを示します。
日本で活躍している仙台育英に在籍したヘレン・エカラレは昨年このケニアクロカンのジュニアの部で6位、今回は5位でした。日本の高校駅伝やインターハイで活躍した彼女の実力を物差しに考えれば、このレースのレベルの高さがわかるでしょう。
【男子ジュニアの部8km】
日本でいえば福岡クロカンのジュニアの部といえば、暮れの全国高校駅伝で活躍した選手が再び激突するレースといえます。そのようなことからも日本でのクロカンレースは一時的に注目を浴びるとはいえ、ケニアクロカンの注目度はまた違ったものがあります。
先述したように、この大会は日本の実業団関係者だけでなく、世界の敏腕エージェントも多く視察に訪れています。ここでの結果が、日本への留学や移籍、または大手の世界のスポーツマネジメント会社と契約するキッカケとなることは容易に想像できます。
©2018 SushiMan Photography
©2018 SushiMan Photography
スタンリー・ワイタカ(ゼッケン085)が優勝、ロネックス・キプルト(ゼッケン109)が2位。
©2018 SushiMan Photography
【男子ジュニアの部8kmラスト】
【男子ジュニアの部8km結果】
(※)↑ 動画にあるように優勝争いは接戦だったので、優勝したスタンリー・ワイタカの実際の記録は22:29.2です。
ワイタカは昨年の世界ユース選手権3000mで銅メダルを獲得している選手です。僅差の2位に破れたロネックス・キプルトはジュニアにして、昨年の9月にプラハで行われたビレル・プラハグランプリの10kロードで27:13の3位に入っている選手です。
そのような選手たちが上位を占めるので、このジュニアの部のレベルの高さはケタ違いです。倉敷のフィレモン・キプラガットも出場していましたが、彼ほどの選手でもこのレースでは惨敗に終わっています。
(※)その後、ワイタカは7月のU20世界選手権5000m銀メダル(動画)、11月の日体大記録会で10000mシーズン最高記録(27:13.01)をマーク。
(※)キプルトはケニアクロカン後のアフリカクロカンでワイタカに5秒差をつけて優勝。6月に10kmで27:08をマークし、7月のU20世界選手権10000m金メダル(27:21.08 = 前半13:57.22 + 後半13:23.86)、9月にプラハで10kmシーズン最高記録(26:46 = 世界歴代2位, 前半13:36 + 後半13:10)をマーク(動画)。
(※)5位の16歳のエドワード・ザカヨは4月のコモンウェルスゲームズ5000m銅メダル、7月のU20世界選手権5000m金メダル、9月のアフリカ選手権5000m金メダル。
【男子ジュニアの部8km:レース動画】
【女子シニアの部10km】
ロンドン世界選手権女子5000m金メダリストのヘレン・オビリ(ゼッケン253)が出場しましたが、その後の男女混合リレーに出場することもあって、オビリは途中棄権してしまいました。
©2018 SushiMan Photography
©2018 SushiMan Photography
【女子シニアの部10kmラスト】
【女子シニアの部10km結果】
シニアの部は地域の代表に加えて、KDF(ケニア国防軍)、ケニア警察、ケニア刑務所、ケニア大学選抜などの選手も出場します。
今年のシニア女子はあまりレベルが高くなかったように思えますが、やはりこのシニアの部には3000mSCを専門にするもの、トラックの10000mを専門にするもの、ロードを専門にするものなど様々な選手が一同に集結する場所といえます。
【男子シニアの部10kmスタート】
ケニアクロカンの迫力はシニア男子が1番凄いでしょう。レベルの高さはもちろんのこと、現在の世界トップクラスの選手がこのレースにぞろぞろと出てきます。
※一番後ろを走る白人男性は、オランダ人の市民ランナーでゲスト枠としての出場です。
©2018 SushiMan Photography
先頭集団を真横から撮影した写真ですが、まるでケニア人選手のランニングフォームの連続写真のようです。より推進力のあるフォームを作り出すことがクロカンでは重要となってくるでしょう。
©2018 SushiMan Photography
©2018 SushiMan Photography
大本命はジョフリー・カムウォロル(ゼッケン349)でした。見事に優勝を飾り、練習の一環だったと言わせんばかりの圧勝でした。3位に入ったのは愛知製鋼に所属するマチャリア・デイラング(ゼッケン259、写真右)でした。
©2018 SushiMan Photography
©2018 SushiMan Photography
この方はゲスト(とても有名な方かもしれませんが…)でしょうか。この方が誰かという確認はとれませんでしたが、レベルの高い競技のなかにもこういった人も実際に走っていました。明らかに現役の選手でないのはこの人だけでしたが。
©2018 SushiMan Photography
【男子シニアの部10kmラスト】
カムウォロルの圧勝でその強さを見せつけられました。カムウォロルはその後3月の世界ハーフマラソン選手権で見事に3連覇を達成しました。そんなカムウォロルは世界クロスカントリー選手権も2連覇中ですが、このケニアクロスカントリー選手権は昨年3位に終わっています。
“ケニアクロカンを制するものは世界を制す”ともいえますが、ですが、そんな彼でも少しの調整不足で足元をすくわれてしまうほど、このケニアクロスカントリー選手権はレベルが高いのです。
【男子シニアの部10km結果】
3位のマチャリア・ディラング(愛知製鋼)はその後のびわ湖毎日マラソンで見事、初マラソンにして優勝を果たしました。このレベルの高いケニアクロカンのシニアで上位に食い込むということである程度調整がうまくいっていたように思います。
【ケニアクロスカントリー選手権:レース動画】
以上の4レースを観戦しましたがどのレースも見ごたえがあり、今後世界で活躍するであろう選手の走りを実際に見れたのは良い経験となりました。隠れざる未来のスター候補は毎年確実にここから生まれてくるでしょう。
©2018 SushiMan Photography
日本の高校中長距離選手の登竜門といえばインターハイ路線と全国高校駅伝、そして各記録会です。しかし、クロカン競技が日本でもっと盛り上がる土壌があれば、クロカンを機に着実に実力を付けていく選手も生まれることでしょう。
そういう意味では日本においては全国インターハイと全国高校駅伝に出場していなかった選手でも、あえて逆説的に考えれば、冬場のクロカンで好走している選手に目をつけて大学 / 実業団へのリクルート時にスカウトするというのもいいのではないかと私は思っています。
レッツラン・ジャパン編集長:SUSHI MAN
参考:【ブログ】レッツラン・ケニアその1:ンゴング・ケンスウェド高校訪問 + 駿河台大1年生コンビ武者修行の様子など
ピンバック: 【ブログ】レッツラン・ケニアその1:ンゴング・ケンスウェド高校訪問 + 駿河台大1年生コンビ武者修行の様子など – LetsRun.com Japan
ピンバック: 【世界王者の軌跡】世界ハーフ3連覇、世界クロカン2連覇のジョフリー・カムウォロル:ケニアのスターはここからどこへ向かうのか? – LetsRun.com Japan
ピンバック: ケニアのトレーニングスポット7撰 – LetsRun.com Japan