【LRCJオリジナルインタビュー記事】ハーミッシュ・カールソン(2018世界室内3000mニュージーランド代表)その1:基本的なトレーニングとキャリアの振り返りについて

※以下は、ニュージーランド・ウェリントン在住の谷本啓剛氏(ランニングガイド・RunZ:ラン・ニュージーランド代表)によるレポートで、レッツランジャパン(LetsRun.com Japan=LRCJ)オリジナルコンテンツのインタビュー記事です。


ハーミッシュ・カールソン(Hamish Carson、リオ五輪男子1500mニュージランド代表)

3月のバーミンガム世界室内陸上選手権の男子3000mにニュージランド代表として出場予定で、現在はロンドンに滞在中の中距離ランナー、ハーミッシュ・カールソンにインタビュー。ニュージランドに生まれ育ち、トレーニング拠点をニュージーランド国内に置きながらも、国際大会に出るレベルに成長する選手は非常に少ない。また陸上競技の1500mという人気のある種目、スピード・持久力を向上させながら同一種目でキャリアを伸ばしていく選手は世界中でも非常にまれである。まさに『自己流』ともいえる競技キャリアを形成していった背景、そしてその強さについて伺った。

ハーミッシュ・カールソン(Hamish Carson)

出身:ニュージーランド・ウェリントン

生年月日:1988年11月1日

自己記録:1500m 3:36.25   1マイル  3:56.72   3000m 7:47.22(室内、2018年2月NEW!)

大学:ヴィクトリア大学(ニュージーランド・ウェリントン)

クラブ:ウェリントン・スコティッシュ

コーチ:アーチ・ジェリー、ニック・ウィリス

 

ランニングとの出会い

【クロスカントリースキーからランニングへ】

ハーミッシュがまだ幼い時、その記憶にあるのは大自然、山、そして雪だった。幼いころにクロスカントリースキーをはじめ、それがハーミッシュにとっての最初のエンデュランススポーツ(持久系スポーツ)であった。クロスカントリースキーは『楽しい』だけではなく、自然のフィールドを力強く上り勢いよく滑走することは何よりも気持ちよかった。

彼は6歳~14歳までの期間、クロスカントリースキーだけでなく、フィールドホッケー、インライン(アイス)ホッケー、トライアスロン、ダウンヒルスキーと様々なスポーツを楽しんでいた。

 

【ジュニア期のトレーニング】

14歳の時にハーミッシュはウェリントンでランニングのトレーニンググループに所属する。ランニングのトレーニンググループではジュニアのコーチ(グライアム・ウェリントンハリアーズ)の指導でトレーニングを開始する。ジュニア期のトレーニングはいたってシンプル。週2回のスピードワーク(トラックでの練習)とその他4回の軽い練習というプログラムであった。

週2回のスピードワークの内、土曜日はレースになることが多く、レース以外の日のスピードワークで特に好きだったものは300mを8本、3分のリカバリーで行うというもの。その練習で最もハーミッシュ少年の心を楽しませたものは『競争すること』『45秒』を切ること。

300m』というスピードをコントロールし勝つこと、そして『45秒』というタイムを目指すことは、1500mという中距離種目の中で最も必要な能力であり、その感性を走り始めた当初に磨けたこと。ハーミッシュのレースを見ていて彼の勝負強さやラスト300mのキレに繋がっていると強く、筆者の私に思わせる。

「ジュニア期のレースでは勝ったり負けたり多くの経験をしたが、『楽しい』という思い出が最も印象に残っている。」

と、ハーミッシュは嬉しそうに話す。そしてこう続ける。

「走り始めたころ(13歳~15歳頃)、そしてジュニア期を通して多くの選手が自分の前を走っていた。」

そんな中でも、無理に練習を引き上げなかったこと、『勝つこと』にこだわらなかったのは、ジュニア期に受けたコーチングによるところが大きいようである。ハーミッシュのコーチであったグライアムは多くの選手を国際レベルに引き上げたニュージーランドでは有名なコーチである。彼は選手とよく話すことを重要視し、紙面上のトレーニングプログラムだけに縛られていなかった。

そんな練習環境で、『走ること』を心から楽しめたようである。また前述した300mの練習はいつもハーミッシュ少年の『走ること』へのモチベーションを掻き立てていた。13歳~17歳までの期間はグライアムのコーチングのもと、走りを楽しむとともにランナーとしての基礎を築いていった。

 

【メイントレーニングの開始と大学】

ハーミッシュはジュニア期の途中で、現在のコーチであるアーチ・ジェリーと出会い、彼のコーチングを受け始める。今までと違ったトレーニングプログラムの中で、中距離ランナーとしての能力がひときわ磨かれることとなった。

多くのニュージーランド人の優秀な選手はアメリカへ奨学生として留学する中、彼はニュージーランドの大学へ進み、ニュージーランドの自然について研究する傍ら、ランニングキャリアを継続していったのである。なぜ留学しなかったのか?彼はそんな問いに笑いながらこう答える。

「ニュージーランドに住むことが好きだから。」

いたってシンプルな答えである。

彼が心から『走ること』が好きなことは話していても、練習やレースを見ていてもすぐにわかることである。そして彼の現在の仕事の『ボタニスト』=植物学者であることや、中距離選手にして森の中を2時間も毎週日曜日に走っていることを近くで見ていると『ニュージーランド』そして『ニュージーランドの自然』が好きということがよくわかる。

留学せずにニュージーランドで力をつけていくことは、国際水準の高速レースがほとんどないことやトレーニンググループが少ないことでとても不利になる。しかしハーミッシュはコーチとともに自らに合った練習方法を19歳のころから継続し、毎年力をつけていく。現在も続ける練習のベースは以下のようになっている。

 

【走行距離】

  • 鍛錬期(冬~春):160/週 ※持久能力を重視
  • スピード期(春):120km130km/週 ※スピード持久能力を重視
  • レース期:100㎞以下/週 ※レースペースを重視

 

【例:週間スケジュール】

  • 日曜日:ロングラン(不整地2時間)
  • 月曜日:(2回練習)午前60分軽いラン、午後30分軽いラン+流し
  • 火曜日:ワークアウト日(テンポ走もしくはヒルインターバルなど)
  • 水曜日:(2回練習)各3040分軽いラン
  • 木曜日:90分程度の軽いラン(不整地)
  • 金曜日:(2回練習)午前60分軽いラン、午後30分軽いラン+流し
  • 土曜日:ワークアウト日(スピードワーク)

 

【好きなトレーニング】

  • 森の中でのロングラン
  • K-Parkでの練習

 

この練習の流れはここ10年ほど変わっていない。このトレーニングベースが、大学での研究を行う傍らで、シニア期に強くなる基礎を築き、大学卒業後のインターナショナルレベルへのステップアップへつながることになる。

 

【ナショナルレベルからインターナショナルレベルへ】

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2014年のニュージーランド選手権1500mで優勝したレース

2010年から、1500mではニュージーランド選手権5回優勝、3000m3回優勝(ハーフマラソン1回優勝※ハーフマラソンベスト66:05・マラソン2:27:16)と、国内でのレースではそのほとんどを優勝で飾っている。

彼にとっての初めての世界大会(※アメリカやヨーロッパでの国際大会を含めて)は2011年のワールドユースゲームズであった。オーストラリアのレースに参戦し、トップランナーが集まるレースには何度か出場したことがあったが、『世界水準』というレベルではなかった。

ニュージーランドの選手は、アメリカへ留学し多くの経験を積んで成長していく中で、世界水準を近くで見る、またレースに参加する、ということが最も自然な流れなので、ハーミッシュの選んだ道『ニュージーランドで成長し、ニュージーランドをベースに世界に挑む』という選手は非常にまれである。

ハーミッシュ自身『走ること』と『海外でレースをすること』を両立することは在学中は難しいと感じていたようである。そのため大学卒業後に本格的に国内外の多くのレースで経験を積み重ねることによって、20代後半になってもまだまだ成長し続けることができているのである。

まずは『大学で学業に専念すること』、そして選手としてゆっくりであるが確実に成長していくことが、2016年リオ五輪での彼にとっての最初のオリンピック出場へとつながっていく。

 

【最も印象に残っているレース】

ハーミッシュに、今まで見てきた中で最も印象に残っているレースは?と問うと、

『コモンウェルズゲームでのジョン・ウォーカーのレース』と、楽しそうに話した。

タンザニアのフィルバート・バイが3:32.16の世界新記録のタイムで優勝したレース。ウォーカーも当時の世界記録を上回る3:32.52で2位に入った

「自分が子供の頃に見たニュージーランド中距離のレジェンドであるジョン・ウォーカー(当時の1マイル世界記録保持者※3:49.4、1976年モントリオールオリンピック1500m金)のように自分も走りたい。」

そう話すハーミッシュ自身もニュージーランドを代表するランナーになり、多くの夢や希望をジュニアアスリートに与え、同世代のランナーの走ることへのモチベーションを高め、そしてマスターグレードのランナーや観衆を熱狂させる走りを毎年たくさん見せてくれるランナーである。

2016年のクックス・クラシックの1マイル。1位のニック・ウィリス、2位のハーミッシュ・カールソン、3位のエリック・スピークマンが春に向けたシーズン前に揃ってサブ4を達成

筆者の私自身、彼と同じチームで一緒に走るようになってからあまり日がたっていないが、その中でも多くのエキサイティングなレースを見せてくれた。そんな彼に、

「自分の最も印象に残っているレースは?」と聞くと、

「たくさんあるが、と少し間をおいて『2016516日の1500mの自己新記録を出し、リオオリンピック出場を決めたレース』」

と、答えてくれた。このレースでハーミッシュ3:36.25というリオオリンピックの男子1500mの参加A標準にわずかに届かなかったレースであるがその後、結果的にオリンピックの追加召集でリオオリンピックへの出場が決まる。

(※競技人口が多く、世界的にもレベルの高い1500mという種目では、参加標準記録の突破が非常に難しい。その1500m2016年にニュージーランド代表は3人の代表選手をオリンピックに送ることができた)

このレースではともにニュージーランド代表になったジュリアン・マシューズ3:36.14ハーミッシュ・カールソン3:36.25という非常にレベルの高いレースとなり、標準記録突破を目指すニュージーランドの中距離選手の活躍で、オリンピック前にニュージーランド国内では海外から届く映像に対して非常に盛り上がっていた。そして、ハーミッシュにとっては、

「オリンピックというレースは自分のランニングキャリアの中で忘れられない大きな大会となった」

とも話す。そんな国際的な選手に成長したハーミッシュ自身、オリンピック前には競技キャリアで非常に苦しい経験をしていた時期もあった。

 

【ランニングとモチベーション】

ハーミッシュが子どもの頃から取組んでいたクロスカントリースキーでは常にトップを走り、陸上競技を始めてからジュニア期の練習も毎日楽しく取り組めた。大学在学時、卒業後も少しずつキャリアを重ね、2016年に27歳で初のオリンピック出場を迎える。

客観的に見れば順風満帆な競技キャリアにも写るが、実際に長く競技を続けていく上ではうまくいかないシーズン・練習・レース・体調など様々な挫折があったようである。そういったネガティブなことを乗り越えられた最も大切なポイントとして『モチベーション』を取り上げて話してくれた。

コーチングに関して、練習・レースに関して、キャリアの中で、『モチベーション』が自身の競技生活な中で大切な部分を占めていると話すハーミッシュ。各ポイントでの気持ちの強さは逆境を乗り越える強さだけでなく、走ることへの情熱をさらに高めることで常に上昇曲線を描いていることが根幹にあるように感じる。

 

インタビュー後半に続く。

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©2017 SushiMan Photography

2017年12月のホノルルマラソンの前日に行われたカラカウアメリーマイルに出場

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©2017 SushiMan Photography ゴール前

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©2017 SushiMan Photography

レース後のハーミッシュ・カールソン(右)と話す筆者(赤いTシャツ)

 

【筆者プロフィール:谷本啓剛】

ニュージーランド・ウェリントン在住

ランニングガイド・RunZ(ラン・ニュージーランド)代表、酒井根走遊会主宰

【RunZ(ラン・ニュージーランド)】https://runnewzealand.wordpress.com/

【酒井根走遊会(オンライン陸上部・駅伝部)】https://blogs.yahoo.co.jp/sakaine_soyukai

 

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【LRCJオリジナルインタビュー記事】ハーミッシュ・カールソン(2018世界室内3000mニュージーランド代表)その1:基本的なトレーニングとキャリアの振り返りについて」への5件のフィードバック

  1. Tk

    いつも楽しく拝見しています。更新されるのがとても楽しみで待ち遠しいです。ニュージーランドの選手のごく余り知られない陸上競技を志した「動機付け」が興味深かったです。日本では駅伝や地元の有名高校に憧れて・・なのでしょうが、彼らはいろんなスポーツを経験した末にたどり着いた選択肢。ジュニアから限定されないオールマイテイーなスポーツ経験の中から中長距離に辿り着いた。という部分で大きな違いがあるような気がします。おそらくウォーカーも様々なスポーツを経験した末に辿り着いた選択肢だったのかもしれませんね。そういう選手のもつ運動能力や神経回路は、種目が早期に限定される国内と大きく異なるのでしょうね。そのような魅力的な風土や環境も非常に興味深いです。ぜひニュージーランドに行きたいです。

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    1. コメントありがとうございます。陸上競技を子どもの時に取り組みながら、いまはオールブラックス(NZラグビー代表チーム)で活躍する選手もいたりと、小さい頃はマルチスポーツに取り組む文化です。これからもNZの情報を発信していきます。興味深い情報を発信できるよう、尽力致します。

      いいね

  2. ピンバック: 【LRCJオリジナルインタビュー記事】ハーミッシュ・カールソン(2018世界室内3000mニュージーランド代表)その2:練習拠点とレース拠点等について – LetsRun.com Japan

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  4. ピンバック: 【LRCJオリジナルインタビュー記事】リオオリンピック男子1500mニュージーランド代表 – ジュリアン・マシューズ ~NZ1500mランナー・ワールドトラベラー:その1 – LetsRun.com Japan

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