※以下は、ニュージーランド・ウェリントン在住の谷本啓剛氏(ランニングガイド・RunZ:ラン・ニュージーランド代表)による現地レポートで、レッツランジャパン(LetsRun.com Japan=LRCJ)オリジナルコンテンツのインタビュー記事です。
スティーブ・ウィリス(Steve Willis、ニュージーランド中長距離代表コーチ)
Embed from Getty Imagesウェリントン(Wellington)のASBスポーツセンターで、ニュージーランド中長距離代表コーチと面会する時間を頂けたので『ニュージーランド(スティーブ・ウィリス)のコーチング』『走ることへの思い』を伺ってきました。
スティーブ・ウィリス(Steve Willis)
出身地:ローワーハット・ウェリントン(ニュージーランド)
生年月日:1975年4月24日
自己記録:800m 1:48.24 1500m 3:40.10 1マイル 3:59.0
出身大学:アメリカ・コロラド大学
役職:ニュージーランド中長距離代表コーチ
※ニック・ウィリスの8歳年上の兄
走る経験とコーチングとの出会い
【自身が走り始めたきっかけ】
スティーブが走り始めたのは7歳の時、父親の影響で走ることを始めた。父であるリチャード・ウィリスは競歩で非常に優れた成績を収めていたが、競歩だけでなくスプリント種目やその他のスポーツも積極的に行っていた。スティーブ・ウィリス、ニック・ウィリスを兄弟そろってのサブ4マイラーの基礎を作ったスティーブにとっての最初のコーチ。幼少期は主に夏にスプリントを行っており、冬はラグビーなどいろんなスポーツに親しみ走能力の基礎を培っていった。
【ジュニア期のレース】
幼少期からジュニア期にかけてスプリント種目を行っていたが、15歳から16歳ごろになると中距離である1500mに取り組むようになる。しかし当時は決勝に残ることすらできず、常に予選敗退・準決勝敗退を繰り返す選手だった。それでも競技を継続できたことは『走ることが好き』という気持ちに支えられていた。その後17歳から18歳になると決勝に残れるようになり、さらには優勝争いをできるまでの選手になった。
(※ニュージーランドは競技人口が少ないため、国の選手権に出ることは日本ほど難しくはない)
なぜ、自分の走りが変わったのか。スティーブは、
「自分自身の体が成長する時期にあっただけであり、自分は特に変わったことはしていない」
という。そのため、ジュニア期の選手をコーチングするにあたっても、“『今』の現状を見つめすぎないこと”を一つのポイントとして持っている。ジュニア期には『走ることを楽しむ』ことを大切に、そして長いキャリアになる“体の基礎を十分に発達させること”が重要である。
(※このコーチングのポイントは、スティーブのコーチングフィロソフィーとして後述する)
ジュニア期にスティーブ・ウィリス、ニック・ウィリスを指導したのはドン(私も含めチームメイトはドンと呼んでいる)。
「ドンは17歳までのジュニア選手を育成することに非常に優れたコーチで、ジュニアに関して言えばおそらくワールドクラスである」
と、スティーブは話す。スティーブ達が行った練習は『週6回のワークアウト(1週間に計6回の練習)』というものだった。この練習量の少なさは、『一つ一つの練習を楽しめる』『他のスポーツも楽しめる』『長い競技生活を可能にする』ことの根幹になっているという。
(※実際にニック・ウィリスは2008年の北京オリンピック男子1500mにおいて銀メダルを獲得し、2014年に30歳を過ぎてから3分29秒台をマーク、さらに2016年リオオリンピックで銅メダルを獲得し再び五輪メダリストになり、息の長い活躍を続けている)
ジュニア期の練習環境で最も重要だったことは、『他のスポーツも楽しめる』ということ。男子でサッカーやラグビーを、女子でホッケーなどのスポーツをすれば、試合中に合計12㎞を走りつつもその中にはスプリントや横・縦の動きも繰り返される。そういった動きが子供たちの各運動能力高めてくれる。対して『走ること』に全力で毎日疲れ果てるまで練習を繰り返している場合、そういった能力は開発されない。そして選手たちは走ることに飽きてしまう。
ドンは非常に優れたジュニア選手のコーチである。良いジュニア選手のコーチと、良いシニア選手のコーチは全く違う。
「ウェリントンで良いジュニアコーチに出会えたことは自身(スティーブ)の競技生活を振り帰るとき、そして現在から未来へ向かうジュニア・シニア選手をコーチングするにあたってとても大きな柱になっている」
【走ることへの思い】
スティーブはニュージーランドからアメリカ・コロラドへ奨学生として留学するとその才能は一気に開花する。アメリカで1マイル4分を切ることに成功(2000年1月24日)。
ウィリス兄弟。兄弟揃っての1マイルのサブ4は世界的にも非常に珍しい
「コロラドに行き、様々な国の選手と出会い、いろんなトレーニンググループで走ることは自分自身のランニングに対する見方だけでなく、生活に関しても多くの新しい経験と発見があった」
コロラドで高いレベルのトレーニンググループ、レースグループで走って帰国を迎えると、走ることへの情熱が帰国とともに薄れそうでもあるが、スティーブには全くなかったようである。スティーブは『走ることは大好きだ』といえるくらい心から走ることを楽しみ、経験を積んでいった。その情熱は兄弟であるニックを支え、ニックのオリンピック2大会メダリストになる基礎を作る。さらに自身の嬉しくも悔しいレースや練習の経験をこれから活躍する若い選手をコーチングする基礎として置いている。
【初めてのオリンピック。コーチとして、家族として、兄弟として…】
ニック・ウィリスが2008年北京オリンピックへ望むにあたって、ニックのアメリカでのコーチの奥さんの体調が悪化。
「コーチの代わりにコーチングをして欲しい」
と、ニックに頼まれ、『兄弟で目指すオリンピック』という舞台のために、スティーブは学校での仕事・コーチングを急遽やめ、家族全員でアメリカへ渡ることを決意する。
スティーブのコーチングを受けるニックは北京オリンピック三週間前のスピードを確かめるために800mのレースに参加する。オリンピックでベストパフォーマンスを発揮する指標として“800m1:45のスピード・5000m13:20のスタミナを持ち合わせていること”がコーチを含め共通の理解であった。
しかし、オリンピック前の800mでは1:47.80と平凡なタイムでしか走れず、家族・コーチ、何より代わりにコーチをしているスティーブはオリンピック直前に気持ちが沈んでいた。ニックはそういった気持ちや自身の感覚を確かめつつも北京オリンピックの1500mで予選・準決勝を勝ち上がり、初めてのオリンピック決勝の舞台で3着でフィニッシュ(動画)する
(※その後優勝したラムジのドーピングが発覚し、ニックは2位に繰り上がる=銀メダル獲得)
Embed from Getty Images「そのレースは今まで自分の見てきた中で最も刺激的で、最も心に残るものになった。急遽代理のコーチを務めることになったことや、初めてのオリンピックで兄弟が入賞する、隣で見ている父が本当に喜んでいる姿は一生忘れられない瞬間となった」
(※ニックは調子が悪くても、最終的に世界大会で決勝まで行けるレースも多く自分自身とレースをコントロールするのが非常にうまいという印象を受ける)
【嬉しさと悔しさを繰り返して成長】
スティーブに自分自身の最も印象に残ったレースを尋ねたところ、『1500mでの自己ベスト』と意外にも“1マイルのレース”ではなかった。
(※もちろんニュージーランド・ワンガヌイでの兄弟同レースで1マイルサブ4も彼の記憶に残っているレース)
1500mの自己ベストは、スタンフォード招待のAレースで記録したもの。スティーブが会場に到着し、エントリーリストを確認したところ、Bレースにエントリーされていた。そこでたまたまアメリカの中長距離代表コーチに自己紹介することになって、話の流れでエントリーをAレースに組み直してもらえた。
さらにレースでは、スティーブがラスト400mで仕掛け、結果的に3:40で2位になる。これはとても嬉しい結果であったが、同時に非常に悔しい結果でもあった。というのも3:40という、3:30台が目前でありながらも、それを切れなかったからである。
もう一つ、スティーブは長距離レースをニックと違って苦手としていたが、コロラドのクロスカントリー選手権の8kmを24:30(コロラドの高地でのタイム)の5位になったことがあった。それが自信になって次の年はトラックでシーズンを通して良い結果を出すことができた。このレースでは、メンタル面での自信がフィジカル面での強さにもつながったレースとして印象がある。
(※この点についてはコーチングの項目で記載する)
スティーブ・ウィリスのコーチング哲学その2(コーチング哲学とルール + 海外に渡るということ、練習・レース・コーチング)に続く。
前からニック、ハーミッシュ、ティム、筆者、エリック。6マイルのテンポ走:キロ3:05ペース
【筆者プロフィール:谷本啓剛】
ニュージーランド・ウェリントン在住
ランニングガイド・RunZ(ラン・ニュージーランド)代表、酒井根走遊会主宰
【RunZ(ラン・ニュージーランド)】https://runnewzealand.wordpress.com/
【酒井根走遊会(オンライン陸上部・駅伝部)】https://blogs.yahoo.co.jp/sakaine_soyukai
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