数字で見る先週の振り返り①:ラップの優勝は稀なケース
“54”
- ゲーレン・ラップがシカゴマラソンで優勝する以前の、※WMMで優勝したアフリカ生まれの選手の連続優勝回数。ラップは2008年のニューヨークシティマラソンで2:08:43の記録で優勝したマリルソン・ゴメス・ドス・サントス以来、非アフリカ系の選手として優勝を果たした。
(※WMM=ワールド・マラソン・メジャーズ。ロンドン、ボストン、ベルリン、シカゴ、ニューヨーク、東京マラソン)
“50”
- WMMの女子において、現在も続くアフリカ生まれの選手の連続優勝回数。非アフリカ系の選手として最後に優勝したのは、※2009年のシカゴマラソンでドイツのイリーナ・ミキテンコである。アフリカ生まれの女子選手がWMMを独占したのは、ここ最近の話である。
(※組織的なドーピングが明るみとなったロシアの陸上界で競技をしていたリリア・ショブホワの優勝記録および、競技成績は抹消されている)
2001年のロンドンマラソンを起点にして、これまでの100のWMMの大会を見てみると、そのうち31大会(31 / 100=31%)はアフリカ生まれではない選手が優勝している。つまり、最初の50大会のうち31大会(31 / 50=62%)は非アフリカ系の女子選手が優勝している。ただ、現在から遡って50大会の優勝は全てアフリカ生まれの選手(50 / 50=100%)である。
- WMMにおいて、この100大会(2001年ロンドン〜2017年シカゴ)の非アフリカ系の女子選手の優勝は31%
- WMMにおいて、2001年ロンドン〜2009年ベルリンの非アフリカ系の女子選手の優勝は62%
- WMMにおいて、この50大会(2009年シカゴ〜2017年シカゴ)の非アフリカ系の女子選手の優勝は0%
©2017 K. Nakajima
一方の男子は、アフリカ生まれの選手が圧倒してからその時を長くしている。過去のWMMの100大会を見てみると、非アフリカ系の選手が優勝したのは※たった4大会のみである。
(※2017年のシカゴマラソンのラップ・2006年、2008年のニューヨークシティマラソンのゴメス・ドス・サントス、2004年のアテネオリンピックのステファノ・バルディニ)
なぜ、非アフリカ系の女子選手が勝てなくなってしまったのか?東ヨーロッパや※ロシアの選手に対してのドーピングの取り締まり強化は、明らかに近代におけるアフリカ勢の台頭の一因となっているだろう。また、アフリカの性差別もなくなったことも要因に挙げられる。
(※血液ドーピングのロシアのリリア・ショブホワなど)
(WMMシリーズは実際には2006年に始まったが、ここでは、2006年以前のボストンマラソン、ロンドンマラソン、世界選手権、オリンピック、ベルリンマラソン、シカゴマラソン、ニューヨークマラソンもカウントしている)
数字で見る先週の出来事②:ラップとハセイは世界記録とどのぐらい近かったか?
“+5:32”
-ジョーダン・ハセイのシカゴマラソン優勝タイムの2:20:57と、ポーラ・ラドクリフの世界記録の2:15:25との差。
“−6:05”
– ゲーレン・ラップのシカゴマラソン優勝タイムの2:09:20と、ポーラ・ラドクリフの世界記録の2:15:25との差。
“+6:23”
– ゲーレン・ラップのシカゴマラソン優勝タイムの2:09:20と、デニス・キメットの世界記録の2:02:57との差。
ゲーレン・ラップとライアン・ホール、仮想のバーチャルレースで対戦する
シカゴマラソンが終わった後、ラップのラスト数キロのタイムが、一体どのぐらい速かったのか気になった。良い気象条件での戦略的なレースといのは、比較的稀である。イタリアのステファノ・バルディニは2004年のアテネオリンピックで、ラスト7.2kmを20:18(1km平均2:49)で走った(ステファノのゴールタイムは2:10:55)。
ラップは、35km~40kmを14:25というとんでもないタイムで走り、しかもラスト7.2kmは20:37(1km平均2:51)というタイムだった。LetsRunの友人であるピーター・ゲイスナーが、次のようなメールを送ってきてくれた。
Embed from Getty Images「2007年のアメリカの北京オリンピック選考会でのライアン・ホールのラップタイムは見たかい?彼のゴールタイムは2:09:02で、後半は62:45で走った。シカゴはそんなに暑くなかったけど、ライアンの場合はセントラルパークを走って、かなり坂も多い場所だ。このライアンの走りに比べたら、シカゴでのラップの走りは“そこまで印象的でない”と認めざるをえない。もちろん観戦していて楽しかったけど」
ゲイスナーのメールは良い内容だった。そこで、LetsRun.comのアーカイブを見てみて、ニューヨークで開催された2007年のアメリカの北京オリンピック選考会でのライアン・ホールの素晴らしい走りの詳細を見てみた。
ゲイスナーの記憶は正しかった。ホールは、66:17 – 62:45で走り2:09:02でゴールした。ラップのシカゴマラソンの優勝タイムは、66:11 – 63:09で2:09:20である。ゴールタイムと、前半と後半のタイムも似ているが、この2つのレースは全く別物である。ホールの後半の62:45のタイムは、全体を通して速いタイムで走ったことで出したタイムである。
一方、ラップの後半の63:09のタイムはラスト5マイルの驚異的なスピードによって出したタイムである。ホールは17マイル(27.2km)付近で後方を離し、後半はほぼ独走状態だった。ラスト9マイル(14.4km)は、もはや“芸術”といってもいい走りだった。一方、ラップは24マイル付近(38km過ぎ付近)でようやく後方(アベル・キルイ)を引き離したレースであった。
しかも、ホールの後半は、セントラルパークを走ったので※全体を通して坂がある地形である。一方で、ラップの走ったシカゴマラソンのコースは大部分がフラットである。ホールの1番速かった5kmは、30~35kmで14:28だった。一方、ラップの一番速かった5kmは35~40kmで14:25だった。
(※コースは、通常のニューヨークシティマラソンのコースとは異なる。基本的には坂のあるセントラルパークの周回コースである)
Embed from Getty Images【ホールとラップのそれぞれのレースのラップ】
ホール・五輪選考会 | ラップ・シカゴ | タイム差 | |
スタート〜5km | 16:51 | 15:44 | ホール+67秒 |
5〜10km | 15:35 | 15:44 | ホール+58秒 |
10〜15km | 15:26 | 15:35 | ホール+49秒 |
15〜20km | 15:12 | 15:42 | ホール+19秒 |
20〜25km | 15:05 | 15:31 | ホール−7秒 |
25〜30km | 14:48 | 15:05 | ホール−24秒 |
30〜35km | 14:28 | 15:22 | ホール−78秒 |
35〜40km | 14:57 | 14:25 | ホール−46秒 |
40km〜ゴール | 6:40 (2:09:02) | 6:12 (2:09:20) | ホール−18秒 |
【ホールとラップのマイルごとのタイム差】
ホール・五輪選考会 | ラップ・シカゴ | |
8マイル | 4:56 | 5:08 |
9マイル | 4:54 | 5:01 |
10マイル | 4:45 | 5:00 |
11マイル | 4:55 | 5:02 |
12マイル | 4:59 | 5:06 |
13マイル | 4:44 | 5:05 |
14マイル | 4:53 | 5:05 |
15マイル | 4:53 | 4:55 |
16マイル | 4:59 | 4:48 |
17マイル | 4:56 | 4:48 |
18マイル(28.8km) | 4:32 | 4:54 |
19マイル | 4:41 | 5:04 |
20マイル | 4:34 (1km2:51ペース) | 4:57 |
21マイル | 4:40 | 5:08 |
22マイル(35.2km) | 4:51 | 4:39 |
23マイル | 4:42 | 4:35 |
24マイル | 4:52 | 4:30(1km2:48ペース) |
25マイル | 4:47 | 4:34 |
26マイル | 4:49 | 4:33 |
このように、2人のラップタイムを細かく見ていくと、2007年の北京オリンピックトライアルでのホールの走りがいかに素晴らしかったのか、ということを、思い出させてくれる。彼は、ペースメーカーがいない中、セントラルパークを、ほぼ2:09ちょうどで走ったのである。
しかも、最初の5kmは5:20/マイルペース(1km3:20ペース)というジョギングのようなスローペースだったにも関わらずだ。ホールは、恐らくもう少し速く走れたはずである。しかし、後に彼が書いていたように“こぶしを挙げ、天を仰ぎ、観衆に手を振りながら”ゴールするラストを、彼は楽しみながら走っていた。
40kmのラップタイムを見てみよう。ホールはラップよりも46秒早く通過しているが、ゴールタイムは18秒差に縮まっている。ラップはその間猛烈なラストスパートをしたが、ホールは少し遅れはしたが、自身の優勝を祝いながらラストを走っていた。この2つのレースについて考えれば考えるほど、どんどん魅了されていく。
この2人のレースは、2人の偉大なアメリカ人選手の全く違ったレーススタイルを表している。ホールは、常に“自由の精神と熱意”をもって、それを目に見えるかたちで表現しながら走っていた。一方、ラップは完全なまでに“綿密な計画性”をもって走る。ホールの走りのほうが良かったといえる。彼は難コースを、良いタイムで走っている。
しかし、だからといって、仮にラップと一緒にこのシカゴマラソンを走っていたとしたら、ラップに勝てるとも言い切れない。2人のゴールは、優勝することであり、2人とも各々の方法でそれを成し遂げたのだから。
メジャー大会のテレビ中継に関してまだまだ改善すべき点が多い
何年もの間、テレビのマラソン中継に関してはクレームをしてきた。アメリカのテレビ放送されるマラソンを見るたびに、常に驚かされる。レース中の一番重要な箇所は、いつにおいても“放送されない”のである。
マラソンといものは、優勝候補の選手が、優勝に向けていつ動くのか、というのが一番肝になる。しかし、テレビ放送はいつだって、この重要な瞬間を捉えない。ゲーレン・ラップの、優勝へ向けたラストスパートも、NBCSNで放映されなかった。我々は、メジャー大会で優勝経験のあるアメリカ人選手から、テレビ放送に関して言いたいことがあると、メールを受け取った。
「NBCのシカゴマラソンの放送について、まだなんのレビューも見つけていない。全体的には良かったと言えるが…レース最後の方の放送は、こんな感じだった」
1 - ゲーレン・ラップと他2人の選手が、後続を引き離しにかかっていた。この後数マイル、この3人の選手をテレビは映す
2 - CM
3 - CM明け、ディババが1人で走っている姿が映される。ディババは後方とかなり差を広げ、この段階で優勝はディババに決まっているのがわかる
4 - 男子に画面は移り、すでにラップが1人抜け出し、後続を30mほど離していたのだ!テレビを観ていた我々は、ラップがその動きに出た瞬間を完全に見逃してしまっている。女子はすでに勝負がついていたが、男子のレースはまだどうなるかわからない状態だったのだが、その後のレース展開を知るすべを与えてくれなかった。NBCはまたやらかした」
TV放送によって、レースが動き出す瞬間がどれだけ逃されているか、調べてみた。今年のボストンマラソンも、シカゴマラソンも、TVでその瞬間は放送されていなかった。
(※その点日本のマラソンのテレビ放送は勝負所をキッチリ映している事が多い。そもそも日本のマラソンは男女がともに同時にエリートレースをしている事自体が少ない=男女それぞれが独立したレースとなっている場合が多い)
レッツランが日本へ
我々は残念ながら日本に行けなかったが、先週、気持ちだけはベン・ライネロと共に日本にあった。ベンは※コーネル大学の卒業生で、今年の夏に我々がスポンサードした選手だ。キャム・レヴィンスをやぶり、ゲーレン・ラップとの争いに最後まで残った選手だ。
(※アイビーリーグ選抜にはアイビーリーグの大学の卒業生や出身でも出場出来る。例えば、昨年出場したウィル・ゲーガンはダートマス大学からオレゴン大学に編入し、彼はその後オレゴン大学を卒業したが、ダートマス大学出身ということでアイビーリーグ選抜として出場した)
ベン・ライネロは、出雲駅伝にアイビーリーグ選抜として出場し、最終区間を、20歳の關 颯人に次いで、区間2位と成績を残した。關は今年の夏、ベルギーのヒューズデンで5000mを13:35で走った選手である。残念ながら、ベンは出雲駅伝では黄色のLetsRunのユニフォームで走ることを許されなかったのだが、トラックスミスのユニフォームもなかなか似合っていた。LetsRunのユニフォームはかなり伝統的なものであるが、残念ながら下に合わせるショーツを、10年前ぐらいに失くしてしまったのだ。
東海大学が、前回王者の青山学院大学を破って優勝。アイビーリーグ選抜は10位に入った。
数字で見る先週の出来事③:アイントホーフェンでケニア勢が快走
“5”
- オランダで開催されたアイントホーフェンマラソンで2:09を切ったケニア人選手の数。昨年ペースメーカーとして同大会に出場し、そのまま優勝したフェスタス・タラムが、今年はフェリックス・キプトゥー・キルワとのラスト勝負を制し2:06:13で優勝した。
チェプテゲイのゴールタイムの表示ミスが発生
先週、2017年ロンドン世界選手権10000mの銀メダリスト、ウガンダのジョシュア・チェプテゲイがロンドン世界選手権後、そして21歳の誕生日を迎えて初のレースに臨んだ。彼は、南アフリカの地で、南アフリカ開催の10kmロードレースでは最高記録となるタイムでゴールしたか、のように思われた。ゴールのタイム表示は26:54だったのだ。しかし、後に正式タイムは27:29に修正された。
今週の記憶に残った言葉
①“エリウド・キプチョゲは特別な存在だ”
「エリウドはすごく賢くて、私よりずっと頭が良い。きちんとしている人だ。彼は、例えば夕食は7時からだといえば、7時に夕食が必ず始まる。寝る時間は、寝るためだけの時間だ。彼はいつも、時間通りに物事を行う」― アベル・キルイ
(アベル・キルイは2回の世界選手権のチャンピオンであり、2017年シカゴマラソンで2位の彼が、シカゴマラソンに向けての練習を共にした、エリウド・キプチョゲについて、SPIKESに語った言葉)
②“信念と熱意をもつこと、それが大切なことです”
「勝ち負けだけにこだわるのではなく、結局は“熱意”だと思うんです。私はいつも成功してきたわけではないです。大学時代だって、本当はもっと良い成績を残したかった。でも、1番重要なのは、信念を持ち続けること」
「オレゴン大学での競技人生を振り返ると1年の全米クロスカントリー選手権を除いてNCAAの全国大会で4位以下になった事がない。自分でもこれぐらいの成績は残せると思っていたけど常にこの成績をとれる事自体、自分でも素晴らしい事だと思うしもっと大きな舞台に行ってもこの経験は活かせると思います」― ジョーダン・ハセイ
(シカゴマラソンで3位に入る前のSI.comのインタビューで語った言葉)
レッツラン記事
ピンバック: (過去記事)レッツラン共同創設者のウェルドン・ジョンソンが見た日本スタイルのトレーニング – 山梨学院大学の合宿を見て感じたこと – LetsRun.com Japan