ヨス・ヘルメンスからの忠告:“ベケレが自らに秘めるマラソンの可能性に気づいていたら、彼はもっとプロフェッショナルな選手にならないといけない”

今回のベルリンマラソンを途中棄権、という残念な結果に終わってしまったベケレは、レース翌日の朝、インターコンチネンタル・ベルリンのレストランで朝食をとっていた。長年ベケレのエージェントを務めている、グローバル・スポーツ・コミュニケーションズ(GSC)のヨス・ヘルメンスは、レストランにお客さんがいなくなるのを待ってから、ベケレと話し始めた。

エージェントの仕事というのは、根本的にはクライアント(選手やコーチ)の要望に応える事である。しかし、ヘルメンスベケレも、ベケレの今年の成績には満足しているはずもなく、ヘルメンスは、“今こそベケレと率直に話す時”だと確信していた。

35歳のベケレに、この後のキャリアにおいて彼が一体何を成し遂げたいのか、ヘルメンスは“フレンドリーに、しかし語気を強めて”聞いた。怒鳴ったりする事はなかったが、ヘルメンスは核心をついた話をした。彼がベケレに最も伝えたかったのは、“もしベケレがマラソンを続けたいのであれば、その全てをマラソンに捧げなければならない”ということだった。

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ベルリンでは23km過ぎで先頭から離れ、その後は途中棄権に終わった ©2017 Steffen Hartz

ベケレは準備の段階で“全て”を改善させなければならない、ヘルメンスは「そう確信している」と語った。しかし、最も重要な要素は、ベケレが“走る事とビジネスとを“どうやって”バランスをとっていくか”ということだ。

ベケレはホテルを経営しており、エチオピアで他のビジネスにも携わっている。ベケレは朝練習の後に、自らが所有するホテルなどに出向くことも多い。しかし、走る事とビジネス、両方をこなすには多くの時間が必要である。他の事に時間とエネルギーを費やしていたら、フルマラソンへのトレーニング向けて、身体を十分に※回復させることが出来なくなる。

(※働く事はトレーニングに直接の影響は与えないが、回復の程度には影響をもたらす)

「これでは続くわけがない。彼は、もはやプロ選手では姿になっている。準備を十分にしないと、プロフェッショナルとは言えない。マラソンに向けて準備するなら、きちんと練習をしなければならない。そうでなければ、彼はもはやプロフェッショナルじゃない。洗練されたプロフェッショナルになるか、陸上でのキャリアを辞めるか、決断する事を余儀なくされている。練習が出来ないのなら、もう走ることは忘れるんだ。これが、私がベケレに伝えたことだ」

ヘルメンスはこう語った。

「マラソンでいい結果を出したいのなら、準備をしなければならない。準備をしなければ、いくら力があったとしても、マラソンでは厳しくなる。トラックではなんとかやれるかもしれないが、マラソンとなると、100%の準備ができていないと、自分が故障するだけだ」

ベケレの調整とエリウド・キプチョゲの調整を比較すると、歴然とした差がある。エリウドは、彼と一緒に練習している選手の中でも最もプロフェッショナルな選手だ。トラックでは長い間ケネニサに負けてきたが、今キプチョゲにはたくさんの才能と、たくさんの努力から生まれたプロ意識が備わっている。この2人の選手には、差がある」

今回のレースでは、コンディションの悪さがベケレのパフォーマンスにも影響を与えた。温度はそんなに寒くなかったが(約10℃)、レース中の雨と、前の選手から後ろに向かって飛び散る水によって脚が濡れてしまい、それによって身体全体が冷えて、その後彼は途中棄権に追い込まれてしまった。

ウィルソン・キプサングのエージェントであるアリエン・ヴァーケイドも、彼の途中棄権に関して同じような説明を我々にした。しかし、他の選手にとってもコンディションは同じだったはずだ。エリウド・キプチョゲはアームウォーマーとハーフタイツで準備をしていた。

今年のベケレの初レースだった1月のドバイマラソンでは、彼を途中棄権に追い込む理由があった。ベケレはスタートラインで転倒してしまい、多くの選手たちに踏まれ、ふくらはぎと臀部を故障してしまった。

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故障は2月まで長引き、4月のロンドンマラソンへ向けた練習にも影響が出て、準備の期間は相当に短くなってしまった。それでも本番のレースでは2位(2:05:57)でゴール。調整が上手くいかなかった彼にとっては素晴らしいレースだった。

ベケレのロンドンマラソンに向けた練習メニューを組んだ、イタリア人のフリーランスコーチ、レナート・カノーバはロンドンマラソンの直後に、LetsRun.comの掲示板に“ベケレのトレーニングで2:10を切れる選手は他には思いつかない”、という書き込みをしている。

ベケレは、強い精神力を持ち、生まれ持った才能がある、と。大方の見方では、ベケレはベルリンマラソンに向けて故障も治って、調整も上手くいっている“はず”だった。

「言い訳はない。故障はしていなかった。ただ、練習が足りなかった。彼はこれまでに素晴らしいキャリアを築いてきた。彼がもしそれで十分なら、それはそれでいい。ベケレは、そろそろ自分の今後のキャリアについて、ハッキリしなければならない」

ベケレ100%仕上がった状態で、レースに出場したのはどれぐらい前の事になるだろうか。2016年のロンドンマラソンの前、彼は90%の状態だと言っていた。2016年のベルリンマラソンの前には80%だと言っていた。今年のベルリンマラソンの前は90%だった。

2009年に最後の世界タイトルを獲得して以来、ベケレは常に故障に悩まされてきた。ふくらはぎの故障、アキレス腱から足首にかけての疲労骨折、ドバイマラソン後は背中と臀部の故障。故障はアスリートにとってはかなり大きなリスクだ。そして、先制的治療とその後のリハビリには多くの時間と労力が必要となる。

レース中、ベケレが前に故障した部分の状態があまり良くないことを、ヘルメンスはわかっていた。ベケレの右のふくらはぎが左よりも小さくて、彼の脚は左右でバランスが悪くなっていた。ベケレは、この両足のバランスの悪さを改善する為に、理学療法士にエクササイズを継続的に続けるように言われていたが、レース中の彼のフォームを見ると、ベケレは、そのエクササイズをやっていなかった、ということがヘルメンスにはわかった。

昨日の彼らの会話の中で

「私がベルリンマラソンに向けて準備が出来ていないのなら、なぜヘルメンスは今回のレースをキャンセルしなかったんだ?」

と、ベケレヘルメンスに聞いた。ヘルメンス

「それは私が決めることではない」と答えた。

ヘルメンスは、ベケレの練習をいつも間近で見ていない。ベケレだけが、自分の身体の状態を常に知っていた。ベケレは、ベルリンマラソンを走ることで、高額の出場料を手に入れるわけではなかった。ヘルメンスによると“※出場料は大した金額ではない”らしい。しかし、ベケレが一番欲しい“世界記録を出せる可能性”ということに魅せられて、彼はベルリンマラソンを走ったのだ。

(※例えば財源が潤沢なロンドンマラソンは、特に選手への出場料が高額といわれているので男女ともに世界の豪華メンバーを招待出来る財力がある)

「彼は素晴らしい選手で、才能もある。しかし、今は体制をしっかりと整える時期だ」

ヘルメンスはそう話した。

ベケレのマラソンでのキャリアを“失敗”とするのは馬鹿げている。彼の自己記録2:03:03は、世界歴代2位の記録である。彼は1年前のベルリンマラソンでこの記録を出している。しかし、ベケレのマラソンの戦績は(8戦2勝、途中棄権3回)、ベケレ本人も彼のマネージャーも期待したものではなかった。2000年代の長距離界を独占し、今でも5000mと10000mの世界記録を持っている男のレースとして、全くといっていいほど期待したものではなかった。

「8回のマラソンで2回の優勝、この成績はケネニサ・ベケレの成績ではない。これは、ベケレも私もが知っている、彼の実力ではない」

ヘルメンスはそう述べた。

クロスカントリーレースの少なさが原因??

2017年のケネニサ・ベケレは、過去に素晴らしい記録で数々の金メダルを獲得してきたケネニサ・ベケレとは違う。2001〜2008年にかけてのベケレは、あるルーティーンを持っていた。冬期はまず、基礎づくりを行って、世界クロスカントリー選手権に出場して身体づくりを完成させる、それが彼のルーティーンだった。その世界クロスカントリー選手権では、その期間※11個の金メダルを獲得した。

(※2002〜2006年にシニアロングの部とショートの部で2冠、2008年はロングの部優勝)

クロスカントリーを走ることで、夏のトラックシーズンへ向けての筋力を鍛えることができていて、それによって良い結果が伴っていた。オリンピックで3つの金メダルと1つの銀メダルを獲得。世界選手権では、5つの金メダルと、銅メダル1つ。しかし、ベケレは2008年以降、世界クロスカントリー選手権を走っていない。そして、2014年にマラソンに転向した後は、1度ものクロスカントリーのレースに出場していない。

ケネニサがクロスカントリーを走らなくなってから、すべてが変わってしまった。世界クロスカントリー選手権が※“2年に1回の開催”に変わってしまって、次第にクロカンへの興味も薄れてしまった」

(※世界クロカン詳細、2011年以降は2年1回の開催となった)

ヘルメンスはこのように述べた。

クロスカントリーを走ることだけで、ベケレが良い選手になれるわけではない。2004年と2005年の世界クロスカントリー選手権でベケレが破ったキプチョゲも含め、多くの選手がキャリアの早いうちにクロカンを走るが、年齢を重ねるとともに走らなくなる。恐らく、もっと大事なのは、クロスカントリーが選手に与える影響である。

毎年、ベケレはそのシーズンのプランを明確にしていた。今、キプチョゲが同じようなプランを持っている。春と秋に1回ずつマラソンを走り、キプチョゲが長年絶大な信頼を置いている名コーチのパトリック・サングが全てのプランを入念に組んでいる。キプチョゲはマラソンへの転向にあたっても2013年の初マラソンの時から、それまで通りパトリック・サングのプランに忠実に従い、これまでのマラソンでは1回しか負けていない。

ベケレは現在、このような安定したトレーニングプランを持っていない。2014年のパリマラソンでは、マラソンのデビュー戦で2:05:04の大会記録を出したが、この時ベケレは初マラソンに向けて練習をしすぎたと感じ、次のシカゴマラソンに向けては練習での走行距離を減らした。しかし、シカゴマラソンで4位に終わったとき、それらの計画は白紙に戻った。レース後、ベケレは“自分の練習プランをもっと分析しないといけない”と考えた。

結果が良くなかったレースの後に、それまでの練習プランを分析し、再考するのは当たり前の事である。実際に、それを行わないのはプロの選手として無責任な事である。しかし、ベケレは今現在、8つのマラソンを走り、彼の練習プランに一貫性が無いことが、彼のマラソンの結果にも表れている。ベケレは、それぞれのレースの練習に、それぞれ違うコースを使っている。

パトリック・サングのプランだけに従っているキプチョゲと違って、ベケレヘルメンス、生理学者の※1 ヤニス・ピツラディス、間接的に指導を仰ぐコーチである※2 レナト・カノーバと、専属コーチである※3 マーシャ・アスラットなど、多くの人からアドバイスをもらっている。それぞれの人たちがベケレの成功に寄与したが、しかし、多くの人が彼のトレーニングに様々な関わり方をすることで、それらの一貫性を保つことが難しくなる。

(※1 Sub 2hr Project主宰)

(※2 カノーバはケニアのエルドレッドを拠点に指導している。国内外の様々な選手のメニューを作成したり、メールや電話で選手や現地のコーチたちとコンタクトをとる)

(※3 エチオピアでベケレを直接指導するコーチ)

ヘルメンスは、“ベケレがマラソンでも最高の選手になれる”と信じているが、そのためには、“ベケレがその100%を走ることに捧げなければならない”とも思っている。月曜日に、ヘルメンスはこの考えを明確に伝えた。今、ボールはベケレの手元にある。ベケレは、今回のベルリンマラソンの結果と、今までのキャリア全体を振り返り、これからの決断を下す時間がある。

ベケレが引退を選択したとしても、誰も彼を責めないだろう。彼が達成してきた偉業の数々は、“ベケレが陸上長距離界最高のランナーである”ということを証明しているからだ。しかし、ベケレが今後もマラソン選手としてのキャリアを続けることを選択するのであれば、“彼は走ることにもっと集中をして、ビジネスの比重を減らすべきだ”、とヘルメンスは考えている。

結局のところ、ヘルメンスの、ベケレに対する問いはたった1つだけ。

「君は何になりたい?プロのビジネスマンか?それともプロのランナーか?」

 

レッツラン記事

http://www.letsrun.com/news/2017/09/jos-hermens-kenenisa-bekele-must-become-professional-realize-marathon-potential/

 

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ヨス・ヘルメンスからの忠告:“ベケレが自らに秘めるマラソンの可能性に気づいていたら、彼はもっとプロフェッショナルな選手にならないといけない”」への3件のフィードバック

  1. ピンバック: ケネニサ・ベケレ:ヨス・ヘルメンスのプロフェッショナリズムに関するコメントに落胆 – マラソンの世界記録を破る事を心に誓う – LetsRun.com Japan

  2. ピンバック: ロンドンマラソン男子記者会見:歴史に名を残すマラソンとなるか?キプチョゲ vs ベケレ計り知れないポテンシャルを持つ2人の史上最強をかけた争い – LetsRun.com Japan

  3. ピンバック: 世紀の1戦を振り返る:18歳のエリウド・キプチョゲがケネニサ・ベケレとヒシャム・エルゲルージを破った2003年パリ世界選手権5000m決勝 – LetsRun.com Japan

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