2017ベルリンマラソン:キプチョゲ (2:03:32) が初マラソンのグエ・アドラ (2:03:46)を抑えて優勝 – 世界記録への挑戦は次回に持ち越された

主催のSCC EVENTSのYOU TUBEの公式アカウントによるハイライト動画

これまでの歴史上で、最も世界記録更新の期待が持たれていた2017ベルリンマラソンは、期待通りのレースとはならなかった。中間地点を1:01:29 (最初の5kmは14:28)で通過した後、22km地点でトラックの皇帝のケネニサ・ベケレが先頭集団 (この時点では世界記録ペース)から離れ、ベケレは最終的に途中棄権となった。

さらに、男子マラソン元世界記録保持者のウィルソン・キプサングが先頭集団に付いた状態で30kmを通過したが、その後、走るのを突然止めて途中棄権となった。その約20分後、世界新記録の可能性が、距離を重ねていくごとに、ほぼ無くなっていき、ラスト5kmでは、3強最後の砦、エリウド・キプチョゲが、エチオピアの新星、初マラソンのグエ・アドラにリードを許す驚きの展開となった。

それから数分間、ハーフマラソンの自己記録が59:06の※1 マラソンでは無名のエチオピア人が、レースの主導権を握り、キプチョゲとの差を約2秒差広げる、というマラソン至上で最も大きな※2 大金星を達成するかにみえた。

(※1 とは言っても、アドラは2014年世界ハーフマラソン選手権で個人の銅メダルを獲得している。デリーハーフでカムウォロルに勝った事もある。マラソンでは無名=今回が初マラソン)

(※2 初マラソンの無名選手が、マラソン界最強の選手を破ろうとしていた)

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しかし、40km地点の給水所で、キプチョゲアドラに追いつき、残り2.195kmでキプチョゲがマラソン界で最高の選手だという事を見せつけた。40〜41kmを2:53で走ってアドラを振り落とし、2:03:32で※1 マラソン7連勝を達成した。もう少しでキプチョゲを破る事が出来たアドラは2:03:46で2位に入り、※2 初マラソン世界新記録を達成した。

(※1 通算成績は9戦8勝、Breaking2のレースは戦績に含まれない)

(※2 それまでの公認大会での初マラソン世界記録はデニス・キメットの2012年のベルリンマラソンの2:04:16。非公認レースでは2011年のボストンマラソンのモーゼス・モソップの2:03:06が初マラソン世界最高記録)

キプチョゲはレース後すぐのテレビへのインタビューのなかで、

“今までのキャリアの中で一番タフなレースだったか?”と聞かれたのに対して、

「今までで一番キツかったレースだった」と、答えた。

「コンディションが悪かった。雨が強く降っていて、路面もとても滑って走りづらかった」

レースの終盤、アドラがリードした時に、キプチョゲ“驚いた”と認めた。

「とても驚いたけど、それからすぐに、その差を取り戻すために集中した」と、キプチョゲは話した。

「このようなタフなコンディションのレースで優勝できて嬉しい。世界記録を出す事に自分の気持ちは向いていたけど、長く競技をやっていれば、狙っていても世界記録が出ない事もあるし、明日からまた新しい一日がやってくる」

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“またいつの日か※公認の世界記録を出したいか?”と聞かれたキプチョゲ

「もちろん。まだ世界記録を目指せる力がある」と、言った。

(※Breaking2などの非公認レースを除いて)

キプチョゲアドラの後ろは、3位争いの為のラストスパートが繰り広げられていた。エチオピアのモジネット・ゲレメウが、自己記録の2:10:20 (中国の廈門:1月のアモイマラソン)を大きく更新する2:06:09で3位に入り、ケニアのフェリックス・カンディが2:06:13で4位、30km手前まで先頭集団に付いていたヴィンセント・キプルトが2:06:14で5位に入ったアメリカのライアン・ベイルは2:12:40で8位に入り、2014年以来のマラソンを良い結果で走り終えた。

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エリウド・キプチョゲはマラソン史上で最高の選手

レースが始まる時、私たちを含めてほとんどの人が、エリウド・キプチョゲは人類最高の選手だと信じていた。しかし、レース展望でも述べたように、もしウィルソン・キプサングが今回のレースで優勝していたら、そして世界記録を更新していたら、キプサングが最高の選手だという議論が起きていただろう。

もしキプサングが優勝していたら、キプチョゲとの対戦成績は“2勝2敗”の互角となり、アボット・ワールド・マラソン・メジャーズ(いわゆる6大マラソン)の勝利数(今回のベルリンを勝てばWMM6勝目)でキプチョゲを上回る。そして、キプサングは、自らがベルリンで出した世界記録をデニス・キメットに塗り替えられて、世界記録を失った後に、再び自らで世界記録を出す歴史上2人目の選手になっていた(2回のオリンピック王者、エチオピアのアベベ・ビキラは、1960年と1964年に世界最高記録を2回出している)。

しかし、今回のベルリンで優勝したのはキプチョゲだった(WMM5勝目を達成)。公認レースでは、9戦8勝2位1回、さらに5年連続で2:04:12よりも良いタイムで走っている。もしキプチョゲのBreaking2の非公認記録の2:00:25をカウントするのなら、キプチョゲキプサングは男子マラソン歴代21パフォーマンスのうち10回を2人で占めており、キプチョゲは6回、キプサングは4回を誇る。キプチョゲキプサングとの直接対決を3勝1敗として勝ち越した。

【キプチョゲとキプサングのマラソン歴代上位パフォーマンス】

ランク / 記録 / 選手 / 大会
1      2:00:25    エリウド・キプチョゲ     2017年 Breaking2
5      2:03:05    エリウド・キプチョゲ           2016年 ロンドン
7      2:03:13    ウィルソン・キプサング       2016年 ベルリン
9      2:03:23    ウィルソン・キプサング       2013年 ベルリン
10    2:03:32    エリウド・キプチョゲ        2017年 ベルリン
12    2:03:42    ウィルソン・キプサング       2011年 フランクフルト
17    2:03:58    ウィルソン・キプサング       2017年 東京
19    2:04:00    エリウド・キプチョゲ           2015年 ベルリン
20    2:04:05    エリウド・キプチョゲ           2013年 ベルリン
21    2:04:11    エリウド・キプチョゲ           2014年 シカゴ

(※Breaking2やボストンマラソンなどの非公認記録を含む、歴代上位21パフォーマンス)

世界記録が出なかった原因は悪天候でのコンディションによるもの。しかし、天気は不確実な要素である

レース後、レースについて聞かれたキプチョゲは、アドラの粘りとスパート、そして悪天候によって、彼のキャリアの中でも“最も厳しいレースとなった”と答えていた。滑りやすい路面が世界記録を妨げたが、実際にそれがどのぐらい影響があったのかを正確に測る事は不可能である。キプチョゲは5km地点で、すでに“世界記録が出ないことを悟っていた”という。レース前に雨が降っていて、レース中の5km地点でも雨が降っていたからである。

「5kmを過ぎたあたりで、世界記録は可能ではないな、と悟ったよ。水たまりだらけの道を走るという事がどういうことか、わかった。それが、世界記録はでないと気付いた瞬間だった」

しかし、女子のレースの方が35km以降でペースを落とした事実は注目に値する。女子のレースで優勝したグラディス・チェロノは、前半を69:40で入り、35km地点を通過する時には2:19:26ペースで走っていたが、その後2:20:23でゴールした。

キプチョゲはこれで10回マラソンを走ったが(Breaking2も含め)、彼は今でも“世界記録を出せる”と強く信じている。我々はこの言葉を疑っていない。去年のロンドンマラソンを2:03:05で走っている事を考えると、来年の春、イギリスの首都=ロンドンマラソンでそれを成し遂げてもおかしくない。しかし、キプチョゲのような伝説的なランナーでさえも、世界記録を出すには良いグラウンドコンディションでないといけない、ということを思い知らされた、そんなレースだった。

衝撃的なマラソンデビューのグエ・アドラ

2:03:46、公認記録としては初マラソン世界新記録(デニス・キメットの2012年のベルリンマラソンでの2:04:16が元の記録)は素晴らしい結果である。しかし、もっと注目すべきは、アドラが今回、どのような走りでこのタイムを出したかだ。彼は前半、世界記録ペースで走り(61:29)、マラソン界の超人キプサングベケレが途中棄権した後も、それに近いペースで走り続け、史上最高のマラソン選手であるキプチョゲからリードも奪ったのだ。

キプチョゲが、過去1回しかマラソンで負けていないという事実から考えると、ラスト5kmでキプチョゲからリードを奪うという事は、キプチョゲをもう少しで破っていた、という事になる(最終的にアドラキプチョゲと14秒差でゴールした。キプサングが2015年のロンドンマラソンで5秒差でゴールして以来、1番キプチョゲに肉薄した選手となった)。

アドラは、ビッグ3の影に隠れてしまっていたが(実際、我々のレース展望でもアドラについては1文しか書いていなかった)、アドラはハーフマラソンで数々の成績を残してきた選手なので、今までにそれなりの実績を持っていた。

彼は、レベルの高いレースで賞金も高い2014年のデリー・ハーフマラソンでジョフリー・カムウォロルを破って59:06の自己記録(大会記録)で優勝している。その年の春に行われた世界ハーフマラソン選手権では銅メダルを獲得。最近では3月のローマ・オスティア・ハーフマラソンを59:18で優勝している。

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最後の最後でキプチョゲが意地をみせた ©2017 Steffen Hartz

この傑出した選手の、素晴らしすぎるマラソンデビュー戦をもって、今後彼はマラソンに焦点を当ててくるだろう。そして、このベルリンマラソンでの彼の走りによって“エリウド・キプチョゲ以外の最高のマラソンランナーは誰か”という議論の中にアドラが突如入ってきた。

彼は、エチオピアマラソン界のドン、ゲメドゥ・デデフォが指導する選手である。ゲメドゥ・デデフォが指導する他の選手は、2017年のドバイマラソン男女優勝のタミラト・トラワークネッシュ・デゲファ、2016年のボストンマラソン男女優勝のヘイレ・レミアトセデ・ベイサ、さらに2:04:32の記録を持つツェガエ・メコネンがいる。なんという恐ろしい実績を持つトレーニンググループであろうか。

アドラの走りについてもう1つ。この秋、我々はアボット・ワールド・マラソン・メジャーズについて詳しく特集しているが、彼のこの素晴らしい走りがその理由を示してくれている。もしこれらのレースでビッグネームの選手を出場させても、その何人かがうまく走れなかったとしたら(ベケレキプサングのように)、レースは本当につまらないものになってしまう。想像してみてほしい。

もしアドラが今回出場していなかったら、30㎞以降はキプチョゲがずっと1人で走って、つまらないレースとなってしまっただろう。そして、話題の中心はキプチョゲがこの素晴らしいレースで優勝した、ということではなく、キプチョゲが世界記録を出せなかったと、いう部分に集中してしまうだろう。

マラソンの神々は犠牲者を生み出す:ハイペースに挑戦した代償は大きい

多くの選手たちが、マラソンでの世界記録に挑戦する度に、その代償は大きい。5人の選手が前半を世界記録ペースで進んでいたとしたら、まさに今回のレースがそうであったように、マラソンの神様は、ベケレキプサングを途中棄権にさせてしまった。

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30km手前まで先頭集団で走っていたヴィンセント・キプルト ©2017 Steffen Hartz

ヴィンセント・キプルトも、最後の最後にモジネット・ゲレメウフェリックス・カンディに抜かれてしまった。この2人は中間地点では、キプルトの90秒後ろを走っていた。しかし、キプルトの2:06:14の5位でのフィニッシュは、厳しいレースにおいて、決して悪い結果ではなかった。

印象的な走りをみせた日本の設楽悠太

このレースの前に、我々は設楽悠太の大胆なレースプランについての記事を出した。このレースの、たった8日前にハーフマラソンで日本新記録を塗り替えたのだ(60:17)。さて、ベルリンマラソンでの結果はどうだったか。

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第2集団に果敢に挑戦して中間地点を62:57で通過した ©2017 Steffen Hartz

彼は、24秒自己記録を更新し、2:09:03で6位という立派な成績だった。もっとイーブンペースで走っていたら良かったが(彼のラップは62:57 – 66:06)、このラップが示すのは、今回のレースで彼が2:06:17という高岡寿成の日本記録更新を意識していただろう、という事だと我々は思っている。

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2:09:03の自己記録で6位に入った日本の設楽悠太 ©2017 Steffen Hartz

この日本記録は今年の10月2日をもって、ちょうど15年間破られていないが(2002年のシカゴマラソンでの記録)、設楽悠太はこれから先、必ずこの日本記録に挑戦するだろう。設楽悠太の今日のラップタイムは、彼の初マラソンの東京マラソンの時とよく似ている(61:55 – 67:32=2:09:27)

良い復帰戦となったアメリカのライアン・ベイル

31歳のライアン・べイル(ブルックス)は、男女合わせても今回のベルリンマラソンを走った唯一のアメリカのプロ選手である。自己記録の2:10:57の更新を目指してはいたものの、2014年11月のニューヨークマラソンを途中棄権して以降、マラソンへの復帰をなによりも願っていた。彼は2:12:40の8位でフィニッシュし、今年ではアメリカ人で3番目の記録を出した。

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©2017 Steffen Hartz

【ベルリンマラソン男子:上位30位までの結果】

1 Kipchoge, Eliud (KEN) 2:03:32
2 Adola, Guye (ETH) 2:03:46
3 Geremew, Mosinet (ETH) 2:06:09
4 Kandie, Felix (KEN) 2:06:13
5 Kipruto, Vincent (KEN) 2:06:14
6 Shitara, Yuta (JPN) 2:09:03
7 Sano, Hiroaki (JPN) 2:11:24
8 Vail, Ryan (USA) 2:12:40
9 Adams, Liam (AUS) 2:12:52
10 Mellor, Jonathan (GBR) 2:12:57
11 Malaty, Benjamin (FRA) 2:13:10
12 Belachew, Melaku (ETH) 2:13:22
13 Gokaya, Koji (JPN) 2:14:28
14 Lashyn, Dmytro (UKR) 2:14:45
15 Tiruneh, Chalachew (ETH) 2:15:05
16 Lehmann, Adrian (SUI) 2:15:12
17 Kikuchi, Masato (JPN) 2:15:32
18 van Schuerbeeck, Willem (BEL) 2:15:49
19 Seaward, Kevin (IRL) 2:15:50
20 Sharp, Matt (GBR) 2:16:02
21 Csere, Gaspar (HUN) 2:16:03
22 Abdulaziz, Ebrahim (NOR) 2:16:38
23 Cuneaz, Rene (ITA) 2:16:53
24 Martelletti, Paul (NZL) 2:17:10
25 Mull, Brandon (USA) 2:17:17
26 Kreienbühl, Christian (SUI) 2:17:17
27 Herzog, Peter (AUT) 2:17:37
28 Criniti, David (AUS) 2:17:57
29 Arrospide, Iraitz (ESP) 2:18:09
30 Gelaw, Getaye Fisseha (ETH) 2:18:15

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コーチのパトリック・サングと抱き合うキプチョゲ

【キプチョゲのラップ】

5km14:28 10km14:36 (29:04) 15km14:40 (43:44) 20km14:34 (58:18)

ハーフ61:29 25km14:32 (1:12:50) 30km14:36 (1:27:24)

35km14:40 (1:42:04) 40km15:04 (1:57:08) 42.195km2:03:32

 

レッツラン記事

http://www.letsrun.com/news/2017/09/eliud-kipchoge-20332-holds-off-debutant-guye-adola-20346-win-2017-berlin-marathon-world-record-attempt-fizzles/

 

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  1. ピンバック: 世紀の1戦を振り返る:18歳のエリウド・キプチョゲがケネニサ・ベケレとヒシャム・エルゲルージを破った2003年パリ世界選手権5000m決勝 – LetsRun.com Japan

  2. ピンバック: 世界記録の歴史:ベルリンで記録された男子マラソンの世界記録を振り返る – LetsRun.com Japan

  3. ピンバック: 世界のメジャーマラソン13撰(WMM6大会 + 7大会) – LetsRun.com Japan

  4. ピンバック: エリウド・キプチョゲが世界記録をEliud Kipchoge Is Chasing the World Record In Berlin (Again). Whether He Gets It Or Not Is Out Of His Control – LetsRun.com Japan

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