ニック・シモンズ「ホノルルマラソン、走るってよ」アメリカ男子800m最強ランナーの最期のトラックレース、そして新たな目標

2017年2月、ニック・シモンズが最期のトラックシーズンに向けてトレーニングを再開するより前に、彼はすでに次なる目標を決めていた。

「マラソンを走る」

ニック・シモンズらしい目標だ。シモンズは輝かしい実績を残してきた。男子800mにおいて全米チャンピオンに6回輝き、彼の1分42秒95の記録はアメリカ歴代4位の記録であり、2013年モスクワ世界選手権では銀メダルを獲得。まさに、アメリカが生んだ最高の800m選手の一人である。

しかし、彼はすでに33歳。彼の足首はかなり脆くなっており、シーズンに入るまで彼はトラックの急なカーブを走ることができなかった。急カーブを走ることで足首が骨折してしまう恐れがあったからだ。

シモンズは過去7回アメリカ代表になっているので、この夏のロンドン世界選手権の代表入りをするには何が必要かを、彼は知っていた。ベスト体重から15ポンド(約6.8kg)増え、片方の足首は完治していない状態で、トレーニングを再開した2月から6月の全米屋外選手権までの4か月は、調子を戻すのにはあまりにも短かった。代表入りを目指すには予選、準決勝、決勝と、並み居る強豪たち相手に戦わなければならないのだ。

しかし、彼には自身を駆り立てる何かが必要だった。だから、彼は2017年に開催されるマラソンを探した。12月10日。ホノルル。

「このレースで何が起こっても、何かタフなことが起こったとしても、僕の目標は12月にあるから、大丈夫だ、って自分に言い聞かせたよ。目標を決めてから、早起きしてすぐに動き出せるようになった。とても疲れていたり、身体が痛いときもこう考えるんだ。トレーニングをし続けるんだ。26.2マイル (42.195km)はキツイぞって。ホノルルマラソンの直前には、さらに次の目標を決めるよ。マラソンがどんな結果になっても、また立ち上がって目標を定め、それに向けてトレーニングするだけだ」

レース当日の気温約41℃。2017年全米屋外選手権、男子800m予選、客がまばらなカリフォルニア州サクラメントのホーネット・スアジアムで、彼はプロ11年のキャリアにおいて最期のトラックレースを走った。

レースというよりは、彼のウイニング・ランであった。

シモンズは全盛期のスピードを出すことができず、後方から抜け出すことができなかった。男子800m出場選手の中で最年長だったシモンズは(次の年長者からも5歳も離れていた)、1分51秒52の最下位でゴールした。屋外で彼がプロとして出した記録で、もっとも遅いタイムだった。

普通じゃないキャリアを持った男にとっては、タイムは平凡に終わってしまった。レース後、シモンズはこう語っている。

「予選は通過できるだろうなんて思っていたけど、傲慢すぎたね。200mか300mぐらいで、この時をただ楽しもうって気持ちになってたよ。自分のすべてはトラックに置いてきた。僕は次に年上の選手と5歳も離れていた。できることは全部やった。アイダホ州ボイシ(州都)出身のチビでずんぐりしたガキが、ディビジョン3の学校 (ウィラメット大学=NCAA3部)に行って、世界ランキング2位まで登りつめ、オリンピックで5位を獲った。できる限りのことは、全部やりのけたよ」

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さよならを言いに…

今日のレースの目的は速く走ることじゃなかった。

「ここに来ると、もうみんなとお別れだって思うよ」

レース後のインタビューに答えているシモンズの肩を、選手たちが通りすがりに優しく叩いていくのが分かる。

「今日会ったみんなに、ハグをしてるよ」

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シモンズは多くの伝説を残してきた。彼は男子800m全米タイトルを5年連続で獲得、誰も成し遂げられていない偉業だ。2013年モスクワ世界選手権では銀メダルを獲得し、世界選手権やオリンピックのどちらかの大会において、16年もの間、アメリカ人がメダルを獲れていなかった男子800mに、待望のメダルもたらした。怪我で2014年屋外シーズンは走れなかったが、2015年31歳の時に6回目の全米タイトルを勝ち取った。31歳という年齢は、ほとんどの800m選手が1500mに移行するか、引退する歳である。

 

2012年に彼はアメリカ史上3人目となる800mで1分43秒を切った。これら、シモンズが成し遂げてきたことはたくさんあるが、中でも彼のキャリアの中でもっとも重要だったのが、2008年全米オリンピック選考会での勝利だという。

「陸上の世界では、2種類の人間がいる。オリンピック選手と、それ以外の選手さ。でも、僕はそれは正しいとは思わない。自分より才能があって、自分よりも強い意志を持った選手でも、オリンピック出場が叶わなかった選手をたくさん知っている。でも、選考レースで選手たちは二つに分けられるんだ。なんで、このレースが自分にとって大切かというと、自分流のやり方から抜け出せるってことが自分の中で証明されたからだ。多くの選手が代表になれないのは、メンタルの部分を克服できないからだ」

初めてのオリンピック選考会前の2週間、シモンズは眠れなかったという。レースのことを考えると、気持ちが高ぶってしまった。シモンズは、ウィラメット大学時代にコーチだったケリー・サリヴァンにアドバイスを求めた。

「ニック、最高の状態で必ずトップになるんだ。君は、最高の選手の一人だ。考えるのをやめて、これまでやってきたトレーニングを信じて走るんだ」

それがコーチのアドバイスだった。

シモンズはアドバイス通りに走り、オリンピック代表になるというすべての選手の目標を成し遂げた。今のゴールは違う場所にある。マラソンを完走することに加え、七大陸すべての最高地点に登りたいらしい。

ニック・シモンズは、いつも何かを追い求めている。

レースで戦ったライバルたち、ニックへ敬意を込めて

ドリュー・ウィンドル:

「僕が16歳の時の夢は、ニックとレースで走ることだった。彼の最期のレースで一緒になれるなんて、死ぬほど嬉しいよ」

ドリュー・ウィンドルは、今年アメリカで3番目に速いタイムをたたき出し代表入りを果たし、彼はブルックス・ビーストでニック・シモンズのチームメイトである。このレースまで、彼らは同じレースを走ったことがなかった。ドリューにとって、ニックの最期のトラックレースで一緒に走れることは、本当に特別なことであった。彼のコメントは、そのすべてを表している。

「シモンズは、陸上界に大きな功績を残した。ビーストにとっても偉大な存在だ」

エリック・ソウィンスキ:

「僕は高校生の時からずっと、ニックを尊敬している」

エリック・ソウィンスキもニックに敬意を払った。

「背が小さすぎると言われてサッカーを辞めた。最初に走った5kmは23分かかったよ。走るのを辞めたかったけどそれでも陸上をやり続け、陸上って楽しい、すごいと思ったのはニックが活躍し始めたころだ」

ニックとカーデヴィス・ロビンソンが彼に情熱を与えてくれて、ニックは

「陸上界の最高のアンバサダー」

だ。

「ニックは、トラックでもトラックの外でも素晴らしい人だった。だから、彼がいなくなるとさみしいよ」

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レッツラン記事

http://www.letsrun.com/news/2017/06/nick-symmonds- one-americas- greatest-ever- 800-runners-run- final-track- race-hes- already-got- new-goal- run-marathon/

 

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