(過去記事)世界トップの3000mSCの選手はハードリングの練習をどのぐらいするのか?前編 – 北京オリンピック金メダリストのブリミン・キプルト「練習したことがない」

3000mSCのレースに向けての準備の仕方は、人それぞれ異なる。ハードリングの練習はしたことがない、というオリンピックチャンピオンから(トラックシーズンには)毎週ハードリング練習をするエヴァン・ジェイガーまで、まさに百人百様である。Let’sRun.comは、トップのケニア人とアメリカ人の選手の違い、ハードリングのフォームの重要性を発見するために専門家に話を聞いた。

イアン・ハンターは、3000mSCの研究に多くの時間を費やしてきた。ハンターは、ブリガム・ヤング大学 (BYU)の運動科学の教授であり、USATFの長距離の生物学分析の分野でスポーツ科学者としても従事している。

彼は毎年、全米屋外選手権など、その他多くの大会に出向き、動画を撮り、それぞれの選手の身体の位置やスタートとフィニッシュの速度など、かなり細かい部分まで分析を行っている。ハンターと学生たちは、年に100時間以上、3000mSCの研究を行っている。彼はこれまでこの種目について3つの論文を発表しており、現在新しい2つの論文も執筆中である。

(※アップデート:2018年に2つの大きな女子3000mSCに関することが起こった。1つ目はアスベル・キプロプ同様にルース・ジェベットのドーピング疑惑。ジェベットは2018年のレースに出場していない。2つ目は2018年モナコDLでのベアトリス・チェプコエチによる8:44.32の世界新記録の誕生)

しかし、そのハンターでさえ、ルース・ジェベットについては解読できないという。

「彼女を見て“これまで自分が学んできたことは全部間違いだったんだ”って思ってしまったよ。これまで私が教えてきた良いハードリングというものを、彼女は全然できてないのに、彼女は世界で一番速いんだ」

ジェベットはケニア生まれ、現在はバーレーンの代表選手で、リオオリンピック女子3000mSC金メダリストであり、そして8分52秒78という※ 2018年7月までの世界記録保持者である。彼のオフィスを訪れると、彼の部屋の壁にはジョシュ・マクアダムスエマ・コバーンら3000mSCの選手の写真が飾ってあり、そこでハンターはリオオリンピック決勝のビデオを見せてくれた。

そして、ジェベットのフォームを解説してくれた。まずは、彼女の利き足。もしくは、両方の足が利き足なのか?ほとんどの3000mSCの選手は、二分法とも言うべき跳び方をする。利き足で最初ハードルをまたぎ、後ろのもう片方の足はたたみ込むかたちとなる。

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しかし、ジェベットは違う。彼女のハードリングフォームは、人間というより馬の跳び方に似ている。彼女も普通に利き足があるが、ハードルを跳び越えるときに、彼女は素早くもう片方の足を素早く上げ、利き足と一緒の位置まで持ってきて、身体の下にたたみ込む。まるで、キャノンボール(両ひざをかかえて体を丸める跳び方)をする時の見た目のようだ。

「前に進みながら高く跳ぶとき、水平速度は失われ垂直速度が増すことになる。でも、彼女はすごく高く跳んでいる。それは必要以上の水平速度を失い、それを垂直速度に変えているからである」

レースが進むと、ハンターはジェベットの他の欠点を見つけた。彼女はハードルのすぐ近くで跳び、水濠の着地よりかなり後ろで身体を曲げる。それによって前に進む力が失っているのだ。しかし、障害と障害の間になるとジェベットが9分00秒を切る速さで走るため、そのスピードに対応できる走力を持つ他の選手がいなかった。

1998年、まだ女子3000mSCがレースというよりはアイディアのレベルであった時代、実際にトラックの記録会で議論が行われ(北京オリンピックで初めて正式種目になる)、ハンターと、元BYU女子チームの監督であったパトリック・シェーンは、この競技がきちんと確立されれば女子でも※8分45秒程度で走れるだろうと計算していた。ハンターは、ジェベットの技術が上達すればこのタイムに近づけるだろうと考えている。しかし、彼女は今までのやり方を変えることを嫌がるだろう。

(※ 実際にベアトリス・チェプコエチによる8:44.32の世界新記録が誕生した)

「世界記録を更新し、金メダルまでも獲得してしまったら、それから自分の走りを変えるのなんて、きっとやる気が出ないだろう」

ハンターは言った。

ハードルを跳ぶ練習は、一回もしたことがないね

ケニア北西部のエルドレットにあるモイ大学のトラックは、あまり魅力的なトラックではない。赤土のトラックには何のマークもない。レーンもなければ、フィニッシュラインさえもない。3000mSC用の大きなハードルもなく、そもそもハードルや器具をしまうような建物もない。そして、水濠ももちろんない。しかし、3月の早朝に、ケニアで歴史上もっとも活躍した3000mSC選手の一人である、ブリミン・キプロプ・キプルトはモイ大学で練習をしていた。

その朝、エルドレットから車で数十分の少し離れたカプタガトにある彼のトレーニングキャンプで彼をつかまえた。私は、彼が障害の練習をどこでしているのか、とても興味があった。彼は、

「町にもう一つ違うトラックがあって、そこで要請すれば障害が使えるらしいけど、オレは一回も使ったことがないよ」

と言った。だったら、ブリミン、どこで障害の練習をするんだ?

「一回もしたことないよ」

どういう意味だい?これまで一回もしたことないということか?

「障害は、練習したことないよ」

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私は、彼の答えに面喰らった。オリンピックと世界選手権で6つのメダルを獲得した(北京オリンピックでは金メダル)選手が、レース以外では障害の練習をしたことがないだと?そんなこと可能なのか?

自分 (筆者のジョナサン・ガルト=ダートマス大学出身)の大学時代を振り返ると、チームメイトの一人であった※ウィル・ゲーガン 、彼は3000mを7分45秒、5000mを13分17秒というの記録の持ち主であったが、大学3年の時に3000mSCに挑戦したことがあった。

(※ ダートマス大学からオレゴン大学へ編入し、エリック・ジェンキンスエドワード・チェセレクのチームメイトだった。ウィルは2016年の出雲駅伝にアイビーリーグ選抜=ダートマス大学の選手として出場している

彼はレース中に転び、記録は9分24秒だった。その後、3000mSCを二度と走ることはなかった。しかも、ウィルはこのとき障害の練習をしていたのだ!練習もしないで全く新しい競技に挑戦するのは大変なことだろうとブリミンに言った。ブリミンは私を見て、楽しそうに私のひざをたたきながら笑った。

「君にとっては難しいかもしれないが、オレは大丈夫さ」

この種目のオリンピック王者に君臨する、コンセスラス・キプルトの代理人であるオランダ人のマイケル・ボーティングの手がける選手達は、2年前まで障害の練習をしたことがない。

コンセスラス・キプルトは2013年の18歳当時と変わらず、今でも世界のレースでメダルを獲得するが、障害の練習を始めたのはここ数年のことだという。駆け引きのあるレースでは選手とぶつかることが多く、それに手こずってのことだった。しかし、

キプルトはアメリカやヨーロッパのライバル選手たちと比べると障害の練習量は少なく、それはケニア人の3000mSC選手にとっては当然のことだ」

と、ボーティングは言った。

「ケニアのトラックはハードルの練習をするには、きちんとした設備が揃っていない。かつてグローバル・スポーツ・コミュニケーションで一緒に働いていたバーナード・バーマサイ(元世界記録保持者)や、ルーベン・コスゲイ(シドニーオリンピック王者)、そしてブリミン・キプルト、彼らは障害の練習については大体みんな同じだったよ」

「たぶんエヴァン・ジェイガーのような選手がいたら、彼らも練習の必要性を感じたかもしれない。でも、ケニア人がヨーロッパやアメリカの選手と同じように障害の練習をしたら、たぶんアクシデントにつながると思う。彼らは怖いもの知らずで、障害のことなんて気にしていない。もしケニア人選手を、他の国の選手のように障害を跳んで欲しいと思うなら、障害のための練習をして、3000mSCにおいて成功した誰かを連れてくる必要があるだろうね」

 

ジェイガーは、全く正反対のアプローチを利用して、障害へのメンタル部分の恐怖を克服した。

マイケルがそう言っているのはとても面白いと思うよ。僕がハードリングの練習をたくさんする一番の目的は、ハードリングしていることさえも考えないで跳べるようになるためだ。自然に跳ぶってことかな」

と、ジェイガーは語った。

「同じことを2つの違った方法でできる。でも、僕にしてみれば、練習しないよりはした方がいいと思っているし、それでケニア人と同じメンタルを保てる

全米記録保持者でリオオリンピック銀メダリストであるジェイガーは、他のアメリカ人選手と同じく、2012年に初めて3000mSCのレースに出る前には障害の練習をしたという。この競技に慣れるためには4,5回の練習が必要で、そしてスタートからハードリング技術は高かった。

彼は5回目のレースでアメリカ記録を打ち立てた。しかし、彼は常に自分の技術を磨くトレーニングをしている。屋外シーズン(4月から9月)では少なくても週1回、ジェイガーは30~45分間ハードリングのフォームの練習をする、それに加え約2週間ごとに1回は、障害を跳ぶ練習もしている(ジェイガーのレーススケジュールによって練習メニューは変わる)。

ジェイガーのハードリングのコーチであるバウワーマン・トラック・クラブ (BTC)フィジカルコーチパスカル・ドバートは、

「これはバウワーマン・トラック・クラブのメンバーにとっては普通のことだ」

と語った。オリンピックのファイナリスト、マット・ヒューズや、コリーン・キグリーコートニー・フレリクス、そして8分13秒の記録を持つダン・ヒューリングなどもバウワーマン・トラック・クラブのメンバーだ。ドバート

「ハードルのフォームはすごく重要だと思うよ」

と語った。

「なぜならば、選手たちはハードル選手だ。110mHや400mH、女性なら100mHではなく、ただそれが3000mSCだっただけのことさ」

「もう1つ心配しないといけないことは、もし自分がハードルの跳び方を知らなかったり、自信がなかったら、精神的にストレスが溜まるし、その状態でレースを走るのは良くない」

と、ジェイガーは語った。ジェイガードバートは次の点で意見が一致している。レースが速いペースとなって、集団が縦長になり、それによって視界が良くなれば (つまり集団が団子ににならずに障害のところでゴチャつかないということ)、(ハードリングでアドバンテージがある=ハードリングの良さを活かせる)ジェイガーはケニア人のライバルにより迫ることができる。ドバートは、ジェイガーが現在の8分00秒45という全米記録を出した、2015年のダイヤモンドリーグパリ大会をいい例として出した。

実際、このレースで最後の最後で勝ったのはビレチであったが、ジェイガーは意図的にラスト1周でスピードを落として、(非アフリカ人として初となる)8:00切りの大記録への準備をしていた。しかし、最後の障害で転んでしまった。

「レースだけを見れば、エヴァンは平衡感覚を失うことなく、とても効率的に障害を跳んでるのが分かる。跳び終わってすぐにレースのリズムに戻れる」

ドバートはこう語った。

「後ろにいたビレチは、平衡感覚を失っているのがわかる。彼はおそらく障害ごとに1mは遅れていて、エヴァンに追いつくのに少しアクセルを入れる必要があったと思う。それが水濠を除いて、1周に4回ある」

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過去2回のオリンピックでどちらも8位に入ったドン・キャブラルは、屋外シーズン中は週に1回は障害を跳ぶ練習をしていたが、

ジェイガーのように、彼の調子やレースのスケジュールによって、練習メニューは変わっていた」

と語った。

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理想を言えば、キャブラル週に2回15分間のハードルドリルをこなしたかったが、エネルギーがないときは週1回または2回ともその練習をスキップしていたらしい。選手たちは一週間を通して“普通の”ランニングもしなければならないのだ。この種の摂生は少なくともここ20年間ほど、アメリカのハードル選手にとっては普通のことであった。

ドバートキャブラルのコーチで1990年代に何度もアメリカ代表になったトミー・ノヒリーは、2週間に1度は障害を跳ぶ練習をしたという。ハードルドリルの補強にもなるし、彼らはそれを“儀式”と呼んでいた。ノヒリー1週間に6~8時間をジムでのトレーニングに費やし、そこで障害に特化した補強トレーニングを行い、お尻や足など大事な箇所にターゲットを定め鍛えていた。

一般的に言って、BYUのスポーツ科学者であるハンターが言うように、ケニアのトップ選手の技術は、アメリカやヨーロッパのトップ選手からは大きく遅れている。ケニアの3000mSCの選手は、障害からすごく近い位置から跳び、しかも高く跳びすぎる、そして利き足の膝を十分に伸ばさない。

ドバートは、これらの問題は修正可能だと信じており、コンセスラス・キプルトなどは素晴らしい選手なのでハードリング技術を改善させれば、タイムもあと数秒は縮めることができると思っている。

実際に、ボーティングドバートを話し合い、キプルトをポーランドに連れてきてハードル技術を磨く予定をしていたが、彼の怪我によってそれは実現せずに終わってしまった。

「障害を跳ぶのにより良い技術を持っていることがダメで、技術向上のためにトレーニングするのもよくない、ということを僕が納得することはないだろう」

ドバートは語った。

「ケニア人選手はコンスタントに一緒にハードリングの練習をしてくれる人が必要だ。それが、彼らのトレーニングにとって必要だと、ケニア人を説得できる人が必要だね」

コンセスラスの自己記録は8分00秒、彼がもし正しい技術を持っていれば、7分50秒より速く走れると思う。彼らを説得しなければいけないし、説得できるかどうかも分からないけど。モーゼス・キプタヌイはいいハードラーで7分56秒で走ったよね」

「ケニア人のハードリングとエネルギー消費を見ると、僕の選手たちがケニア人と同じ跳び方をしたら、20秒は遅くなってしまうだろう。彼らの今の跳び方でケニア人が20秒ほど損をしているとは思わないが、彼らは絶対にもっと速く走れる。それは数秒なのか10秒なのか、それは分からないけど」

 

後編に続く。

 

レッツラン記事

http://www.letsrun.com/news/2017/05/much-worlds-top-steeplechasers-practice-hurdle-form-2008-olympic-champ-brimin-kipruto-answer-never/

 

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  1. ピンバック: (過去記事)世界トップの3000mSCの選手はハードリングの練習をどのぐらいするのか?後編 – 完璧なハードリングとは、どのようなものか – LetsRun.com Japan

  2. ピンバック: ヘラクレス・モナコ (モナコDL) 男子3000mSC – エヴァン・ジェイガーが非アフリカ人選手として至上初のダイヤモンドリーグでの男子3000mSC制覇!! – LetsRun.com Japan

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