全米屋外選手権男子10000m:トリックレースを制したハッサン・ミードがゲーレン・ラップの9連覇を阻止

~近年稀にみるトリックレース~

ゲーレン・ラップは8年間もの間、アメリカの男子10000mでトップに君臨してきた。しかし、彼の長いキャリアにおいて最後のトラックレースになるであろう、今年の全米屋外選手権で、ラップにハッピーエンドは訪れなかった。

ハッサン・ミードが最後の800mを1分57秒38(最後の200mを26.9秒)で走り優勝、ラップは5位という結果に終わった。去年のオリンピックトライアルと同じ順位でシャドラック・キプチルチルが2位、レオナード・コリルが3位に入り、ラスト150mで引き離されたラップから、ロンドン世界選手権への残りの切符を奪い取った。

ミードの優勝タイムは、1998年ニューオリンズ大会でのダン・ブラウンのタイム29分46秒06以来、もっとも遅いタイムでの優勝となった。

レースのスタート時間は現地時間で、夜10時過ぎであったのにも関わらず、気温は26度を超えていた。先立って行われた女子10000mではシャレーン・フラナガンが積極的にペースを引っ張ったが、男子10000mではそのようにペースを引っ張る選手はいなかった。事実、男子10000mの1600m通過タイムは5分08秒72で、女子の16000m通過タイムより6秒以上遅かったのである。(女子は5分02秒03)

6周目のホームストレッチに入る前、全米大学記録保持者のサム・チェランガが超スローペースに耐え切れず、集団から飛び出し、すぐさま歓声があがる。ラップやその他の選手もすぐに反応し、チェランガとの差を詰めるが、チェランガのこの一周のラップは64秒67。次のラップでもチェランガはプレッシャーをかけ65秒09。しかし、チェランガを追う集団は次第にばらけ、チェランガはそのまま3200mを9分55秒44で通過、この時点でラップに1秒以上差をつける。(ラップは9分56秒57)

次に奇妙な展開が起きるが、それはワクワクするような展開だった。それからの数マイルは、チェランガが何度も繰り返し同じ作戦を仕掛けた。ホームストレッチに入るときにペースを急にあげ、集団と差を広げる。しかし、次の周に入り300mほどで集団はまたチェランガに追いつくのだが、チェランガはまたホームストレッチに入るとペースを上げ差を広げる。揺さぶりを極端に繰り返し行うという、これまでに前例のないような新しい作戦をした。このような大会では滅多にお目にかかれないレース展開である。

チェランガのちょっとした“おふざけ”作戦はこのスローペースのレースを面白いものにしてくれた。しかし、チェランガがこの動きを先頭で維持するつもりがないということが分かると、後ろについていた集団はチェランガの仕掛けにすぐに反応することをやめ、1周をかけてチェランガに追いつくようになった。チェランガが疲労し始めると、ペースは67,68秒から71秒まで落ち、21周目(8400m)では74秒07まで落ちてしまった。

この時点で、先頭集団にはチェランガ、ミード、コリル、キプチルチル、ビヤ・シンバサ、ラップ、ディエゴ・エストラーダとクリス・デリックがいた。残り1マイルの時にもう一度、チェランガが仕掛けたが、今度はミードがチェランガの前に出た。そして、ラップの8800m(残り3周)のラップが64秒50であり、これまでのレースでも幾度となく先頭から優勝をしてきた彼が、残り900mで仕掛けることなく抜かされ、コリルが残り2周を引っ張るかたちとなった。

残り2周のバックストレッチで本格的にレースが動き出す。デリックが前に飛び出しミードとシンバサがそれについていきラスト1周のベルが鳴る。キプチルチル、コリル、ラップも必死に追いかける。

バックストレッチで、ミードが先頭に踊り出てコリルがそれに続き、最終コーナーに入るところでキプチルチルがミードの外から追い上げ、ラップは後方へと消えていった。

最終コーナーを曲がるとレースは3人の争い。コリルが内側、キプチルチルが外側、ミードが真ん中。ホームストレッチの中ほどで、コリルがトップギアに入れ替え優勝を狙いに飛び出したが、そのスピードを維持できすに、ミードがその力でアメリカ選手権優勝というタイトルを手に入れた。シンバサが4位に入り、ラップは5位に終わった。エストラーダはデリックとチェランガに打ち勝った。

【レース結果】(全ラップはこちらから, Men’s 10,000mを選択)

Pl. Athlete / Team Cnt. Birth Result Score
1. Hassan MEAD USA 89 29:01.44 1039
2. Shadrack KIPCHIRCHIR USA 89 29:01.68 1039
3. Leonard KORIR USA 86 29:02.64 1037 SB
4. Abbabiya SIMBASSA USA 29:03.48 1036
5. Galen RUPP USA 86 29:04.61 1034
6. Diego ESTRADA USA 89 29:08.14 1029
7. Samuel CHELANGA USA 85 29:08.29 1029 SB
8. Chris DERRICK USA 90 29:12.58 1023 SB
9. Tyler DAY USA 29:22.66 1008
10. Matthew MCCLINTOCK USA 94 29:22.83 1008
11. Ian LAMERE USA 29:26.35 1003
12. George ALEX USA 90 29:36.77 988
13. Alex MONROE USA 92 29:37.28 987 SB
14. Futsum ZEINASELLASSIE USA 92 29:37.64 986 SB
15. Ben BRUCE USA 82 29:43.92 977
16. Ryan DOHNER USA 29:44.40 977
17. Andrew COLLEY USA 91 29:56.16 960 SB
18. Aaron NELSON USA 92 29:57.82 958 SB
19. John CRAIN USA 85 30:10.20 940 SB
20. Kevin LEWIS USA 93 30:14.01 935
21. Daniel TAPIA USA 86 30:26.52 917
22. Ryan MAHALSKY USA 30:31.87 910
23. Reed FISCHER USA 30:53.50 880
24. Brian EIMSTAD USA 30:57.58 875

~時代の終わり~

ゲーレン・ラップは2007年、当時21歳の時に初めてアメリカ代表選手になり、それ以降毎年オリンピックや世界大会で10000mを走ってきた。全米屋外選手権では8回優勝している。しかし、ミード、キプチルチル、コリルとのキックに勝てず、ラップの連勝記録は途絶えてしまった。

もしラップにこの全米屋外選手権へ向けた準備期間がもう2か月多くあれば(彼は4月17日にボストンマラソンを走っている)、優勝争いに入れただろう。10か月前のリオオリンピック男子10000mにおいても彼は5位であった。(昨年もマラソン選考会から10000m選考会の間が5ヵ月ほどあった)もしラップが2007年に戦った相手とレースをしていたら、同じ状態でもアメリカ代表チームに入れただろう。しかし、2017年の今、ベストな状態ではないラップが優勝できるほど、2007年と状況は違っている。多くの才能ある選手がたくさんいる。

しかし、ラップがこの種目で成し遂げたことは過小評価されるべきではない。彼はこの種目でのアメリカ記録保持者であり、この50年の間に世界大会でメダルを獲った唯一のアメリカ人であるだけではなく、このレースまで、彼は7年以上もの間アメリカ人選手にこの種目で負けたことがなかったのである。(クリス・ソリンスキーだけが、2010年ペイトン・ジョーダン招待でラップを負かした選手である。ソリンスキーは10000mのデビュー戦で26分59秒で走り、世界を驚かせた。)

~ハッサン・ミード、ラップのアメリカNo.1タイトルを阻止。しかし、彼自身は5000mの選手であると話す~

ゲーレン・ラップ以外の選手が来年の全米屋外選手権男子10000mで優勝するだろうと、誰もが思っていたことであったが、ミードはその1年早くゲーレン・ラップの時代を終わらせた。

レース後のインタビューでミードは嬉しそうに語った。

「素晴らしいレースだったよ。世界選手権の年にアメリカのタイトルを獲れるなんて、そう多くの選手ができることじゃない。シャドラックとレオナードが後ろから迫ってくるのは分かっていたから、勝てて本当に素晴らしいよ。」

ミードは昨年と今年、1500mを3分37秒で走っており、インタビューで自信を覗かせた。

「遅いペースほど、良い。この選手の中で一番自分にはキックがあるという自信があった。もし33分ペースでいってたとしても、ラスト1kmになった時には、ラスト1000mを2分22秒でいける準備ができていた。」

ラスト1000mでそれは起こらなかったが、ラスト650mでデリックが仕掛けてきた。

「クリスが残り600mで仕掛け、少し驚いた。200mもすればクリスのペースも落ち着くだろうと思っていたが、彼はどんどん進んでいった。クリスのその姿勢は尊敬するし、自分もただ押し込まれて“おいおい待てよ”と思ったが、残り250mで“今やらなければいつやる?”みたいな感じで、自分も飛び出したよ。速かった。どのぐらいのペースで走ったかわからないけど、すべてを出し切ったよ。」

最後の600mは、1:24.9 (29.6, 28.4, 26.9)であった。

ミードは去年の全米オリンピック選考会の10000mでは代表落ちしたが、5000mで代表入り。今回10000mで代表となったのである。

「自分は今でも5000mのほうが得意だよ。両種目で世界クラスにいくなら、どちらもやらないとね。5000mも翌日に控えている。ミードはラップの連勝記録を止めたことを嬉しく思っていて、レース後にラップからお祝いの言葉をもらった」

と言った。

「彼(ラップ)の記録はすべてを物語っているよ。レース後に僕のところに来てくれて、おめでとう、と言ってくれた。ありがとう、と僕は答えたよ。彼は本当に一流だ。アメリカの長距離界は強くなっている。2年前にはラップにも自信もあっただろう。でも今は違う。彼の記録を止められてよかった。」

~ゲーレン・ラップ、レース後何も語らず~

レース後にミードを祝福したラップであったが、彼は優勝候補であったし、少なくとも代表入りはするものだと思われていたが、そのどちらも叶わず、彼にとっては良い結果ではなかった。ラップは最初、誰とも話すことなくミックスゾーンに入ってきて、忘れ物を取りにもう一度戻ったが、その時もインタビューの依頼を無視して歩き去ってしまった。USA Track & Fieldのスタッフであるアマンダがラップを追いかけ、みんな話を聞きたがっていると伝えたが、ラップはまたNoと言い、立ち去ってしまった。

ラップは取材陣に引き留められなかったが、アメリカ陸上界男子10000mの最高のランナーがレース後にメディアインタビューを受けないのは、残念ながら二流選手の対応であった。しかも、このレースがラップにとって恐らくトラック最後のレースになるにも関わらず。前日に行われたニック・シモンズのインタビューでは、トラック最後のレースを終えた感想や質問すべてに対応をしており、それに比べるとラップの対応は非常に悪かった。

もちろん、オレゴン・プロジェクトのメンバーが2012年のロンドンオリンピックの全米トライアルに先駆けて受け取ったLカロニチン注射がドーピング規約に違反していた、とするUSADAの報告が出ているため、ラップへの取材陣からの質問内容はニック・シモンズのもとよりかなり難しいものになる可能性があった。ミックスゾーンで取材を拒否した後、ラップはオレゴン州の地方紙のオレゴニアンの取材には答えたようで、ここにその文がこちらに書かれている。

サム・チェランガ「いつもレースを見ていると思うけど、どのレースも似たり寄ったりだ。だから、今日はいつもと違ったレースをしてみたよ。」

「レース中盤の作戦を少しだけ後悔しているが、全体的には自分の走りを誇りに思っている。前方でペースを維持しようと考えていたが、残り4周しか残っていなく、既に遅すぎた」

と言った。自分についてきて、ペースメイクを一緒にしてくれる選手を待ったが誰も来てくれず、結局自分自身でペースを上げらざる終えなかった。

なぜ、彼は今回このような走りをしたのか?

「レースで賭けをしなければならないんだよ、時々ね。みんなただジョギングしてるようだったし、観客は自分たちのジョギングを見に来たわけじゃないと思った。たくさんレースを見てると思うが、どのレースも似たり寄ったりだ。今日は自分がいつもと違った走りをしたんだ。」

ラップに勝つためスワヒリ語を話すのも作戦のうち

レース後のインタビューで、キプチルチル、コリル、シンバサ、そしてチェランガのコーチであるスコット・シモンズは、レース中盤でペースを上げリズムを崩しラップに勝つ、というのは作戦の一つだったと説明した。

シモンズの選手たちは2位、3位、4位に入り、結果はとてもよかったが、すべて作戦通りにはいかなかったようだ。

「チェランガはあんなにもペースを上げる予定じゃなかったし、他の選手もそれについていく予定であった。また、レース中に戦略を他の選手が理解できないようにスワヒリ語で話すというのも、作戦の一つだった」

と打ち明けた。実際にその作戦が実行されたのかは分からないが、シモンズは上位4人中3人が彼の選手だったので、その結果には満足していた。

シャドラック・キプチルチル、ラップに敬意を表す。ロンドンではメダルを狙いたい。

ADP/WCAP (World Class Athletic Program)について言える一つの事:彼らは野心家だ。3月に、レオナード・コリルは世界クロカンでのアメリカチームの目標は優勝だと言っていた。(結果は5位)今日も、キプチルチルは2015年北京世界選手権では16位、去年のリオオリンピックも19位であったが、8月のロンドン選手権ではメダルを獲りたいと述べた。去年の今頃、ポール・チェリモもメダルを獲りたいと言っていて、それは馬鹿げた考えだと思っていた人も多いだろうが、実際彼はリオ五輪で銀メダルを獲得した。

リオに行けたのはラップのおかげであると、キプチルチルはラップへの敬意を表した。

「ラップがいるといつもレースが厳しくなり。去年を振り返ると、ラップのおかげで自分はアメリカチームに入ることができた。オリンピックトライアルでラップが飛び出たとき自分もそれについて行った。彼はトップの選手だ。僕はラップに敬意を表するよ。みんなさみしくなると思う。ラップがいなくなってしまうと、陸上競技もさみしくなる。もっと長くトラックにいてくれればいいのだけど。彼に勝つこと…僕がゲーレンが好きだ。彼は本当にタフな競技者だよ。」

コリルは優勝したかったが、代表になれてとても喜んでいる。

コリルは10000mでアメリカチーム代表入りを2回連続で成し遂げた。しかし、彼のゴールは勝つことだと述べた。

「勝ちたいと思うが、同時に注意深くならなければならない。勝ちにいくだけでは、トップ3にはなれない。」

彼はペースの速いレースが得意だが、今日のレースペースは遅かった。

「願わくは代表内定がほしい。ゲーレン・ラップが大きく動くと思い、それについていく予定だったが、ラップは前に出なかった。それは未知のテリトリーだったし新しいアメリカンチャンピオンが生まれた。」

ビヤ・シンバサって誰?

もし、2年前にエチオピア生まれのビヤ・シンバサがゲーレン・ラップに勝つだろうと言ったら、そんな話は笑い飛ばされていただろう。ジュニアの時に、オクラホマで28分42秒の記録を持っているが、室内でも室外でもNCAAの参加資格を得たことは今までなかった。しかし、去年の秋にADPに参加してからものすごい早さで成長し、今や全米で4位の選手になった。

「毎週、毎月のトレーニングが彼を次のステップへ強くさせている。」

試合の前に彼のコーチのシモンズはこのように述べた。

「彼は本当に上達している。彼が初めてここに来たとき、彼は無名だったしポテンシャルも未知だった。我々はあらゆる角度から彼の走りを上達させることに労力をいとわなかった。もっとも驚くべきことは、彼のスピードとフィニッシュ技術の上達であろう。」

 

レッツラン記事

http://www.letsrun.com/news/2017/06/hassan-mead-ends-galen-rupps-epic-streak-win-first-u-s-title-bizarre-mens-10k/

 

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